ノブレス・オブリージェ(noblesseoblige)という言葉はこの国の第1級のエリートである財務省幹部のためにあったのではないだろうか。しかし彼らの言動を見ると誠に遺憾ながらこうした期待をするのは無駄なことだと諦めざるをえない。もちろん少数ながら国債亡国論が間違っていることを理解してこうした大勢に抵抗したいと考える人もあるだろう。それを信じる。しかし多勢に無勢であり抵抗を続ければ組織からはじき出されるか、左遷されるかが落ちである。どんな組織においても内部からの変革を実現するのはとんでもなく困難なことなのだ。

 財務省は財政均衡主義の重要性をあらゆるルートを通じて、国会議員、他の主要官庁、日本銀行・経済界の指導者層、経済学者、評論家・エコノミスト、マスコミに浸透させてきた。また新聞・テレビ・雑誌などのマスメディアを通じて国民一般に国債亡国論を吹き込んできた。

 浸透のメカニズムはこうである。財務省は国会議員に対しては予算編成時などの機会を捉えて「ご説明」と称して繰り返し財政危機について説得をしていく。国債亡国論はある意味で直感的に分かったような気がするテーマである。家計などに比較して説明されると本当らしく見えてしまうのである。とくに民主党の議員は上手に財務省の手に乗らされてしまった。民主党政権時代の鳩山、菅、野田の3氏はすっかり取り込まれてしまい、消費税増税の先鋒に立ったのはそんなに昔のことではない。情けない話である。

 他の主要官庁に対しては予算上で絶対的な権限を行使する。日本銀行に対しては日本銀行法および総裁人事(現在の総裁は財務省出身である)などを通じて影響力を行使してきた。

 また経済界は多額の受注を財政資金に依存している。税制についても財務省との関連が深い。またかつての石坂泰三氏のように国全体の将来を真剣に論ずる人材が現在の経済界にはなかなか見当たらない。それどころか財界の枢要な地位にある人物が自分の会社・属する業界の利害に敏感な行動を取った例が少なくない。話にならない。

 一方、学者やエコノミスト、マスコミのなかには国債亡国論が間違っていることを認識している人たちがここへきて増えつつあるようだ。しかし、それでもまだ依然として少数派である。本来、学者やエコノミスト、マスコミは言論統制・圧力に対して抵抗すべき最後の砦である。しかし総体として見ると財務省からの圧力に対して彼らが十分に対抗しているとは到底言えない。その証拠は数々ある。また彼らが自らフェイバー(favor)を財務省に求めることもある。ひとつだけ例を挙げれば、新聞購読料金が消費税の軽減税率の対象になることは既定路線になっているようである。ギブアンドテイクの関係が成立していると言わざるをえない。このように大変残念な状況にある。

 K 墨堤さんの言うとおりとすると困ったことだなあ。なんとかならないものだろうか。

 B 遺憾ながらなんともなりそうもない。事態は悲観的である。財政政策が根本的に変更されることは当面期待できそうもない。したがってわが国はいつになっても20年も続いているこのデフレから脱出できないことになる。過去20年間において、わが国経済が年々若干でも成長を遂げていれば、わが国のGDPは累計で1000兆円程度は実績よりも大きかったはずだとの試算がある。当らずとも遠からずであろう。大変な金額である。そして今わが国の現状をつぶさに点検してみると、防災、防衛、インフラの整備、科学技術の振興、福祉・医療、教育などの重要な分野において優れた人材と巨額の資金が強く求められていることが明らかである。その資金の源泉になる経済成長を促す積極的な成長政策への転換の可能性はない。すなわち事態は大変悲観的である。強烈な焦りを感ずる。なんとかならないのであろうか。

 K 私も本当に焦りを感じる。