前田氏はいう。

「フォード島には飛行機のほかにガソリンタンクもある。我々艦上攻撃隊が現場にたどり着いたときは、もうすでに真っ黒な煙が上がっていました。この黒煙がもし、我々が攻撃を仕掛ける海側に流れていれば、魚雷攻撃は不可能だったでしょう」

 前田氏は続ける。

「水深の浅い真珠湾内の敵艦を魚雷で攻撃するには、海面すれすれの高度10メートルで飛び、この超低高度から、深く潜らないように工夫された魚雷を慎重に投下しなければならないんです。ところがもしフォード島の黒煙が海側に流れて、海面を覆うようなことがあれば魚雷攻撃はできなかったかもしれません。ところがこの日は運よく、風が味方してくれて、黒煙が海側に来ることがなく、目標が鮮明に見えたのです」

 まさに天が味方してくれたのである。雷撃隊は黒煙に邪魔されることなく敵戦艦群に肉薄し次々と魚雷を命中させていったのだった。

 真珠湾の水深はわずか12メートルと浅く、したがって魚雷攻撃には不向きであった。通常の魚雷は、着水後に60メートルほど沈下するため海底に激突してしまう。そこで真珠湾攻撃に使われた魚雷は、特殊な木製のフィンと安定板を取り付けて沈下を防ぎ、超低高度で投下することで水深の浅い真珠湾でも使えるように工夫されていたのだった。だがその特殊改良された魚雷はわずかに40本しか用意されていなかったため、空母「赤城」「加賀」「蒼龍」「飛龍」の雷撃隊に10本ずつ配られていた。そのため各艦の雷撃隊は、この貴重な魚雷を敵艦に命中させるため、鹿児島での厳しい訓練を実施し、その雷撃技術を磨いて実戦に挑んだのである。

 実際に雷撃隊が魚雷を投下したパール・ハーバーに立てば、よくぞこのような狭い場所で正確な魚雷攻撃をしたものだと感服させられる。対岸からフォード島に係留された戦艦群までの距離があまりにも短いため、この水路のような場所に魚雷を、しかも超低空で投下するのは至難の業だ。だが日本海軍は、そうした離れ業も、厳しい訓練を積んで不可能を可能にしたのだった。