真珠湾の過去が精算されるとき


 米国の戦前の地政学者ニコラス・スパイクマン(1893~1943)は、真珠湾攻撃の余煙がまだくすぶっていた12月31日に、〈日本の敗戦はもはや必至である。が、日本の降伏後に極東で強大化するであろう蒋介石のシナに日本列島を併呑させてはならない。アメリカは敗戦後の日本と軍事同盟を結んでシナから日本を守り、日本に航空基地を置き続けることによって、極東でのユーラシア勢力の牽制に努めねばならない〉と説いた。その場で地理学会は日独憎しの感情から猛反発をしたものの、歴代米政府の要路は以後この指針に完全に服している。

 2016年にドナルド・トランプ氏が登場するまで、マハン、マッキンダー、スパイクマンと続くアングロサクソンの主流地政学の要点を承知していないアメリカ大統領は、おそらく一人もいなかった。

 トランプ氏は、第二次大戦後の「日米安保」の出発点理論であるスパイクマンの本を読んでいなかった最初の戦後大統領となるのであろう。「地政学に無知」ということと「ロシアに甘い」ということは表裏一体の現象なので、トランプ新大統領はいつかロシアから煮え湯を呑まされずにはいないだろう。

 もちろん国務省は今あわててトランプ氏に、米国の地政学の要点を「ご進講」している最中であろう。

 けれども大統領選挙中、あれだけ何度も〈韓国や日本が米国に十分な防衛費を支払わないのならば、駐留米軍は引き揚げる〉と示唆してきたトランプ氏の「損得勘定」も堅固なのだろうと想像できる。

 ここは日本外務省が過去の罪滅ぼしをするチャンスである。

 航空自衛隊内に「上級練習戦闘機隊」を新編し、そのパイロットたち(新人ではなく中堅)を各飛行隊から抽出して、アラスカ州のエレメンドルフ空軍基地(正確には陸軍のフォート・リチャードソンとの統合基地)の一画に常駐せしめ、米空軍のお下がりの「F-15C」戦闘機を必要なだけ有料でレンタルして、日々、訓練飛行をさせる。そのような協定を、外務省はトランプ政権に提案できるだろう。

 常駐するのであるから、地代も払うし、土木建設工事も地元企業に発注する。常駐のパイロットと整備兵、そしてその家族たちはアンカレジ市で消費するので、地元経済は潤い、米国には税金(消費税)も入る。その総額を示せば、トランプ氏はきっとニッコリするだろう。

 この新協定によって、わが航空自衛隊は戦力が2倍になったのと同じことになる。なぜなら、もし中共軍の卑劣な騙まし討ち奇襲により沖縄や九州の空自基地が壊滅させられてしまったとしても、すぐにこの「上級練習戦闘機隊」が、レンタルの戦闘機に乗って千歳へ飛ぶことで、たちまちに空自の穴は埋まってしまうからである。

 エレメンドルフの「上級練習戦闘機隊」は、米支有事のさいには、中共海軍が米本土に向けて沖合いから発射してくるかもしれない長射程巡航ミサイルを洋上で迎撃する活動を分担できる(米空軍のF-15Cにはその能力があるので十分可能)。

 すなわち日米安保は「双務的」となる。ここでもトランプ氏の大不満は解消に近づく。

 トランプ氏は想像したくないだろうが、米露有事もかならずあるだろう。最前線のエレメンドルフ基地が露軍機の空襲の矢面に立ったときに、わが空自パイロットたちは、アラスカとカナダ上空の防衛をも分担できるのである。
嘉手納基地のエプロンに並ぶ米空軍のF15戦闘機。左手前の尾翼にAKマークの戦闘機は、アラスカ州エルメンドル基地所属のFー15Dで、後方のF-15C(尾翼がZZ)は嘉手納基地所属機
嘉手納基地のエプロンに並ぶ米空軍のF15戦闘機。左手前(尾翼にAKマーク)がアラスカ州エレメンドルフ基地所属のF-15D、後方が嘉手納基地所属のF-15C(尾翼がZZ)
 トランプ氏はアラスカ沿岸の海底油田の採掘を加速させたいに違いない。その原油はパイプラインで北米の陸上を縦断させるより、タンカーで日本に売った方が早い。そのタンカーを護衛するため、いずれは海自の哨戒機がエレメンドルフに出張する日も来るであろう。

 なおまた、マラッカ海峡が機雷で封鎖された場合に、新パナマ運河を抜けて西周りで日本向けに原油を運ぶタンカーも、大圏コース(最短航路)はアリューシャン列島沿いとなるので、エレメンドルフからエアカバーするのが最も合理的だ。わが「上級練習戦闘機隊」は、哨戒機部隊とともに、日本のエネルギー安全保障を担保することになるだろう。

 ちなみに言えば、戦時中に海軍陸攻隊の基地があった北海道の美幌から計って、アンカレジまでは4630キロ。双発の「一式陸上攻撃機」を兵装無しで飛ばしたときの片道航続距離は5880キロであったから、「一式陸攻」は片道の旅でよければアンカレジまで行けたことになる。アラスカは、ハワイよりも近いのである。

 地球上の2地点間の最短距離を教えてくれるウェブページ内のソフトで調べてみよう。東京~ホノルル間は6230キロ、東京~アンカレジ間は5550キロで、じつにアラスカこそは戦後の日本本土防衛のバックアップ拠点であったことがよくわかると思う。

 朝鮮戦争が勃発して米本土から急遽、陸軍師団を空輸しなければならなかったときにも、大圏コースで千歳まで飛来し、広大な千歳キャンプにいったん兵員たちが屯集したものだった。

 今日、わが航空自衛隊のF-15戦闘機は、米空軍が主宰する大規模で本格的な年次演習に参加するために、空中給油を途中で受けながら、エレメンドルフまではるばる飛んで行くことが恒例化している。

 「上級練習戦闘機隊」のエレメンドルフ常駐は、決して夢物語ではない。真珠湾の過去は、そのとき、清算される。

 真の「日米同盟」の新時代が、そこから始まるであろう。