しかし、米議会は奇襲だとしてもあまりに甚大な被害に驚き、戦時中から調査委員会を何度も設立し原因究明を続けた。この過程で日本暗号解読の事実が明らかになったためワシントンからハワイ現地軍への事前警報の有無が問題になった。そして大統領府の米陸海軍最高幹部と現地司令官の間で、警報を伝えたはずだ、聞いていない、の責任のなすり合いになったが、結局現地軍司令官の怠慢と云うことで、海軍のキンメル提督、陸軍のショート将軍が降格され名誉を失った。

 ただし、死後ではあるが共和党ブッシュ大統領時代の1999年に名誉を回復している。なお1954年12月7日、キンメル元海軍大将はUP通信の記者に対して「13年前日本を計画的に挑発して米国を戦争に引きずり込んだのはルーズベルト大統領である。米国陸海軍の最高首脳部は日本の暗号電報や関連情報を手に入れながら何一つ前線の我々に伝達しなかった。もし伝達されていれば、それが前夜であったとしても米国艦隊は迎撃措置をとり、あれほどむざむざと敵にやられることはなかっただろう。私は当時のワシントン当局者を許すことは出来ない」と語っている。

 とにかく現地トップの2人に日本の攻撃が明日に迫っていることが知らされていなかったことは間違いない事実である。だとすれば驚くべきことであるがハワイの米軍がまるごとルーズベルトの戦争戦略の囮にされていたということである。ルーズベルトの名言として「歴史的事件に偶発はない。すべては仕組まれている」があるが、まさに真珠湾事件はそのよい例である。

 一方、日本海軍の攻撃が成功した理由は新型の航空魚雷だった。当時米側は空爆に弱い空母は外洋に出し湾内には空爆に強い甲板の厚い戦艦だけを停泊させていた。そして魚雷を防ぐ防潜網は布設していなかった。というのは従来の航空魚雷は投下後50m位潜りそれから浮上して走行するので、深さ15mの真珠湾では使えなかったからである。しかし日本海軍は水深の浅い真珠湾に備えて特殊なヒレをつけた浅海用の航空魚雷を開発していた。この新型魚雷が係留されていた巨大戦艦群に甚大な被害を与えたのである。

 今回の慰霊祭は75年前とはまったく違った形で極東の危機に直面する両国にとって、歴史的わだかまりを解き相互協力を強化するための非常に重要な行事になる。真珠湾事件の真相については、真珠湾そのものが日本に対するルーズベルトのワナであり、ハワイの米軍はその囮であった。だから日本に罪がないことは明かだが米国人が非常に気の毒な立場にあることを知っておくべきである。自国の大統領に裏切られたのだから。従って日米の英霊はともにルーズベルトの戦争政策の犠牲者なのだ。日本人は、この新しい歴史観により真珠湾事件非難が象徴する過去の反日歴史観から解放されるべきである。

 今回の両首脳の恩讐を越えた慰霊行事が大きな成果となり、かつて戦争という避けられない運命により遠くハワイの地に導かれ散華した両国青年たちの尊い死が新しい意味を持つことを心から願っている。