写真撮影も禁じられた


 サミットに随行した記者団はアリゾナ記念館には同行せず、議員の写真撮影も禁じられたという。

「記念館を訪問した後はすぐに特別機に戻り、飛び立ったから真珠湾に滞在したのはほんの短い時間でした」(同前)

 当時の記録や報道を検証すると、竹下首相一行はトロントからシカゴを経由して6月24日にハワイのマウイ島に到着。現地で2泊したあと、6月26日朝8時(日本時間)にマウイを発ち、途中、オアフに立ち寄って夕方6時23分に羽田に到着した。マウイからオアフは空路30分、オアフから羽田までの所要時間は約7~8時間であり、オアフ滞在は1~2時間ほどだったことになる。だが、このときに真珠湾を訪問したという記録は残されていない。

 アリゾナ記念館の歴史専門家ダニエル・マルチネス氏に問い合わせると、「竹下首相が訪問した記録は残っていない。ただし、米海軍の関係者が記念館の管理部門を通さずに客を案内することはある」という回答だった。

 竹下氏のトロントサミット訪問には自民党国会議員や総理秘書官、各省スタッフ約50人が同行したが、議員の一人は、

「ハワイ滞在中は他の同行議員とゴルフをしており、竹下さんとは別行動だった。竹下さんが行っていたとしても、同行した可能性がある議員は数人しかいない」

 と言う。そのうちの1人がこの証言者だ。もう一人同行した可能性のある別の元議員に尋ねると、

「昔のことはよく覚えていない」

 と煙に巻かれた。そんなことがあり得るだろうか。そこで竹下氏の総理首席秘書官でトロントサミットにも同行した波多野誠氏を直撃した。波多野氏は本誌が得た証言をぶつけると、

「それは間違いじゃないとは思うが、私の立場で記憶違いがあってはいけないので一緒に行った他の秘書官にも確認をとりたい」

 そう言って経産省出身と大蔵省出身の2人の元秘書官(いずれも次官経験者)に電話をかけた後、「2人とも行っていないと言っている。(証言した議員は)別の時に行ったのと記憶違いをしているのではないか」と前言を翻した。

 だが、本誌に証言した元議員は、「私がアリゾナ記念館に行ったのはその1度きりですから、記憶違いはあり得ない」と断言する。

 1988年当時は日米貿易摩擦が吹き荒れ、日米関係が悪化していた。また、真珠湾攻撃を巡っては様々な見解があることから、現職首相がアリゾナ記念館を訪問することが明らかになれば、日本国内で少なからぬハレーションが起きたことは想像に難くない。

「“気配りの人”と呼ばれた竹下さんが、その点に配慮して非公式訪問とした可能性は高い」(同前)というが、安倍首相の公式訪問が実現する今、竹下氏のアリゾナ記念館訪問の“封印”は解かれていい時期なのではないか。

 いやむしろ、安倍首相の“初訪問”があるからこそ、この歴史は知られてはならないのかもしれない。