一方で、わたしはいくつかの懸念を持った。そこで安倍総理と不肖ながら直接にお話をした。いかなる手段、どんな場でのことかは明らかにしない。総理と接することを自己宣伝にすり替える人がいる。恥ずかしいことだ。総理に僭越ながら意見を申し述べるのは、一切がただ国益のためだ。そうでなければ、いわば公共財である総理の時間を奪ってはいけない。

 わたしの懸念の第一は、真珠湾訪問が謝罪であってはならないことだ。広島、長崎への原爆投下は、赤ちゃんから女性、お年寄りまでの非戦闘員を溶かし、灰にし、階段に残された影に変え、すべての皮膚を剥がされて腕から垂らしながら彷徨(さまよ)い、水を求めて空の貯水槽に赤黒い顔を突っ込んで絶命する人々に変えたことであり、まごうことなき戦争犯罪だ。

 真珠湾攻撃は当時の国際法にきちんと則(のっと)った戦闘であり、しかも日本海軍は民間人を一切、狙わず、戦争犯罪ではない。

 これは安倍総理はよく理解されていた。しかしそれは予想通りだ。問題は、外務省の作った日程の原案である。

 まず外務省が「これこそ現職の総理が訪れるのが初めての場所」と今、強調するアリゾナ記念館は、日本軍が撃沈して海の底にある戦艦アリゾナを跨いで作った水上の記念館であるから、慰霊だけではなく日本への憎悪の場所でもある。

 さらに通称パンチボール、正式には国立太平洋記念墓地。ここは、あの自由の女神がニューヨークの端正な顔を一変させて、底知れぬ憎悪の表情で壁に浮かんでいる場所である。わたしがとても若いとき、初めて訪れると地元で責任ある立場のアメリカ人がはっきりと「真珠湾のあの卑怯な不意打ちを忘れない、リメンバー・パールハーバーのために女神の顔を変えたのさ」と言った。

 安倍総理がこうしたところだけ回れば、謝罪の言葉は無くとも謝罪の旅に見えるという仕掛けなのだ。

 わたしの邪推ではない。

 外務省のなかにも拙著の読者がいる。「青山繁晴の逆転ガイド ハワイ真珠湾の巻」という本を読んだ外務省のキャリア官僚は「場所がひとつの焦点ですよね」と言った。

 真珠湾にはふたつある。ひとつはアメリカ本土と同じく、真珠湾攻撃を卑怯として日本を憎悪するメモリアル。これは、わたしたち日本国民にも刷り込まれた考えだ。

 ところが真珠湾のど真ん中に、これと真逆の場所が少なくとも三箇所ある。
ビジターセンターに展示されている、広島市の平和記念公園にある「原爆の子の像」のモデル、佐々木禎子さんの折り鶴=2016年12月15日、米ハワイ・オアフ島(共同)
ビジターセンターに展示されている、広島市の平和記念公園にある「原爆の子の像」のモデル、佐々木禎子さんの折り鶴=2016年12月15日、米ハワイ・オアフ島(共同)
 ひとつはビジターセンターの展示館二棟。もうひとつは戦艦ミズーリの後部デッキ。残るひとつは太平洋航空記念館だ。いずれも日本軍を稀なるフェアな存在として正当に扱い、いやそれだけではなく、まさかの絶讃もある。拙著のタイトル「逆転ガイド」とは、これを指す。思い込みを逆転するためのガイドである。観光案内ではない。