真珠湾を守れなかったのはアメリカの大失態でしたが、ルーズベルト大統領はそれを逆転して、日本の裏切りだということを強調しました。ルーズベルトは翌日の両院議員総会で日本への宣戦布告を求める演説で真珠湾攻撃された日を「Infamy(インファミー)」(汚辱、ずるい、狡猾の意味)の日」と表現し、アメリカ議会はたった一人の反対票を残して賛成した。

徳岡孝夫さん
徳岡孝夫さん
 トランプも言っている「アメリカ第一主義」は当時もありました。アメリカという国は、百年戦争や三十年戦争などを逃れ、新しい国をつくろうと思ってこの地に来たのではないか。あの腐ったヨーロッパの戦いに巻き込まれるなんてバカだと。だから第一次世界大戦でもアメリカは参戦に反対した。

 ドイツは毒ガスを使い、タンク(戦車)、そしてツェッペリンという飛行船を作った。昭和15年6月にパリが陥落し、イギリスが危機に瀕したときも、参戦についてアメリカの世論は真っ二つに割れていた。それでもアメリカが参戦してくれたのはなぜか。それはパールハーバーがあったから。アメリカの太平洋艦隊が全滅したことを聞いたとき、一番喜んだのは誰か、それはチャーチルだった。「神様がお救いくださった」とひざまずいて神に祈ったといわれています。

 柔道で引込返というのがある。自分が投げられるようなところまで入り、相手を投げる技です。私はアメリカが引込返をやって成功したというところまでは考えていない。修正史観のなかに、チャーチルもルーズベルトも真珠湾攻撃を事前に知っていたというのがある。しかし、ルーズベルトは大統領になるまで海軍次官もやっている。海軍が好きなんですよ。果たして太平洋艦隊を犠牲にしてまで戦争をやるか、という疑問があるんです。

 ただし、昭和16年にラニカイ号事件というのがあって、アメリカはラニカイ号という機関銃を撃つ小さいヨットをマニラから西の方へ出すんです。当時イギリス領のマレーシアやオランド領のインドネシアへ行く日本の輸送船がこれを見つけて、沈めるに違いないと。それを口実にして戦争をはじめようという策略だったんです。そこまでやって日本をひっかけようとした。