次の章で詳しく触れるが、南シナ海が紛争・戦争状態になることでもっとも困るのは、中国である。海上輸送が封じられると、中国経済は計り知れない損失をこうむるからだ。そのため、仲裁裁判所の裁定以降、中国は南シナ海で目立った活動はしていない。

 その裏で、アメリカをはじめとする欧米世論への対策、ASEANの切り崩しなどを静かに進めているのである。

G20首脳会合で中国の習近平国家主席(右)と
握手する安倍首相=2016年9月4日、中国・杭州
G20首脳会合で中国の習近平国家主席(右)と 握手する安倍首相=2016年9月4日、中国・杭州

むしろ危ないのは日中の衝突


 2016年8月に入ってから、東シナ海では日本と中国の関係が急変し、日本のマスコミが頻繁に「中国船侵入事件」を報道するようになった。「産経新聞」(2016年8月9日付)は次のように伝えた。

 「中国の公船が尖閣諸島(沖縄県石垣市)周辺の領海への侵入を繰り返していることに対し、北京の日本大使館の伊藤康一公使は8日『現場の緊張をさらに高める一方的な行動』として、中国外務省に抗議した。日本大使館が明らかにした。中国の公船と漁船が尖閣諸島周辺の接続水域や領海での航行を活発化させた5日以降、北京の日本大使館から中国側への抗議は4日連続」

 2012年9月、日本政府は尖閣諸島(中国名は釣魚島)を国有化した。中国側は再三にわたって日本政府にこの「誤った」決定を撤回するよう求めた。そして、日本側が「島に上陸しない」「島の開発はしない」「海洋調査は行わない」という3つのことを守れば、中国は日本の国有化を黙認してもいいという秘密交渉が行われていたとも囁かれた。

 実際、日本はこの「3つのしない」に対しては、そのとおり実行している。一方で、中国政府は月に十数回も監視船、海警船および監視用の飛行機まで繰り出して、国土保全の意志がいかに堅いかを国内に示してきた。

 しかし、2016年8月からはかなり違った展開となった。それは、これまで日中双方にあった暗黙の了解が破られたことを意味する。

 まず、船の量だ。中国が尖閣諸島の周辺海域に漁船約230隻を集結させた。これは過去の最大規模の集結より2倍も多い数であった。加えて、日本領とされる水域にまで入ってきたのである。これまでは中国漁船が入ったことはあるが、監視船などの公船が入ったのは初めてだという。

 なぜ、中国は、日本に対して急に強硬な態度をとるようになったのだろうか。

 日中両国のマスコミには、それを分析した記事が多い。安倍晋三政権が右翼思想の稲田朋美氏を防衛相に起用することへの反発との説もあれば、公船によるパトロールの常態化を強化し、世界の目を南シナ海の紛争から東シナ海に逸らす狙いだという説もある。