原発事故後、政府は民間業者向けの救済スキームを作った。ところが、福島県は運用の仕方が悪かった。例えば、避難地域の病院経営者は「救済措置を受けるには、営業を再開しなければならなかった。病院を閉鎖している間は支援されず、東電の賠償金でなんとかしろという態度だった」という。勿論、東電の賠償金は十分ではないし、「法人税で三割持っていかれる(前出の経営者)」という。

福島県広野町の高野病院=1月6日
福島県広野町の高野病院=1月6日
 さらに、病院を再開しようにも、福島県が策定した地域医療計画が立ちはだかる。「移転が認められるのは、原発被害にあった相双地区か、150キロも離れた南会津だけだった。隣接するいわきでの再開は認められなかった(前出の病院経営者)」そうだ。杓子定規な対応に呆れはてる。

 福島県にとっては、民間に補助金を出すより、県直営の機関を作った方が権限とポストが増えるのだろう。彼らにとっては「合理的」な選択かもしれない。

 行政を監視するのは、本来、議会とメディアの役割だ。福島県の場合、地元紙が「実態」を報じないのだから、議会もチェックしようがない。県民は何も知らされないまま、事態は進んでいく。

 この間、民間病院は内部留保を切り崩し、資産を切り売りして、窮状を凌ぐしかない。しかしながら、それも限界がある。このままでは、早晩、「倒産」するしかない。

 読者の皆さんは「福島県のケースは特別」とお考えの方が多いだろう。確かに原発事故が各地で起こるわけではない。その意味で特殊ではある。しかしながら、高野病院の苦境は、原発事故だけが理由ではない。我が国が抱える構造的な問題を反映している。それは地域では民間病院が「構造的不況業種」になりつつあるからだ。

 病院の経営は、診療収入に依存している。診療収入は診療単価と患者数のかけ算だ。厚労省は、高齢化に伴い患者数が増加し、医療費が増えると主張している。財政破綻を避けるために、診療報酬を引き下げてきた。確かに、マクロでみれば、この政策は正しい。ただ、例外もある。それは地方都市だ。

 高度成長期、団塊世代が地方都市から中核都市に移動した。東京や大阪は、団塊世代が高齢化し、医療・介護需要が逼迫する。一方、地方都市では団塊世代の親世代が亡くなりつつある。中核都市では、総人口は減るが、高齢者人口は増えるのに対し、地方都市では総人口も高齢者人口も減少する。医療機関の収入は急速に減少する。