政治のプロに徹したクリントン候補


 一方の民主党の大統領候補ヒラリー・クリントン氏の「説明力」はどうだろう。

 10月9日のテレビ討論会で、「米国の分断を修復する大統領になれるか」と問われたクリントン氏はこう答えている(10月12日付『日本経済新聞』)。

「私はこれまで生涯を通じ、子どもや家族を支えるためにできることをしようとしてきた。トランプ氏は30年間の私の公職時代についてよく話すが、私はそれにとても誇りを持っている。民主党員、共和党員、無党派、国中のすべての皆さん。私に1票を投じなくとも、私はあなたがたの大統領になりたい」
敗北を認めたヒラリー・クリントン前国務長官。左は夫で元大統領のビル・クリントン氏
敗北を認めたヒラリー・クリントン前国務長官。左は夫で元大統領のビル・クリントン氏
 良く考え抜かれたスマートな言葉だ。こうした発言なら少なくとも主力メディアに叩かれることはない。

 こうした説明力はクリントン氏の言動のすべてに貫かれている。テレビ出演や演説の際のファッションから、話し方、笑顔の作り方まで、すべてが計算し尽くされている印象だ。

 一流のスピーチライターやアドバイザーが多数集い、彼らによってクリントン氏の一挙手一投足に至るまで磨きがかけられ、クリントン氏自身が、それを完璧に演じきろうとしてことがうかがえる。

有権者が「プロ」の言葉を選ばなかった理由


 しかし、今回の米大統領選の最大のテーマが何であったか、今一度、振り返ってみる必要があるだろう。

 それは、米社会の「分断」だ。

 米では一部のグローバルエリートが巨額の富を得る一方で、大勢の人々の生活は困窮、希望のある未来を描けなくなっている。たとえば、「移民に職を奪われた」との懸念が多くの人に共有されるなど、既存のエリートによる政治や社会統治システムに強い疑念が向けられている。そうした人々にとって、既存の有力メディアも不信の対象でしかない。いや、見向きもされず、記事が読まれることすらないのかも知れない。

 そんな背景を考えたとき、米国の分断の修復に向けたクリントン氏の言葉は、既存のエリートに不信を抱く米国の有権者の心を捉えることができたのだろうか。答えは「ノー」だろう。

 米国のエリートたちの英知を集約したかのようなクリントン氏のいかにも政治の「プロ」に徹した言動そのものが、多くの人々の不信感を深めることになってしまったのではないか。「そんなクリントン氏を大統領に選んでも、既存のエリートが統治するアメリカは、そのままで何も変化しない」――多くのアメリカの有権者が、そう感じたのではないか。