多民族国家であっても、米国のような国民共通の価値観(例えば民主主義)に基づいて統合されている国であれば、社会は統一性を保ちやすい。しかし、共通の価値や理念のないまま多民族が同居を強制されたアフリカの国々では、当然ながら社会に「遠心力」が働き、民族を単位とした社会の分断が進みやすい。

 だから政治指導者は、権力を握ると自分の周辺を同じ民族の出身者で固め、軍や警察を使って国家の一体性の維持に懸命になった。こうして1960年代後半から70年代にかけて、一党支配や軍事独裁がアフリカ各国に続々と誕生し、東西冷戦の時代には米ソ両国がそれぞれの思惑と戦略に則って、これらの政権を軍事的・財政的に支援した。ケニアでは1978年から2002年までモイ政権が24年に及ぶ強権体制を維持したし、ナイジェリアの場合は各政権の命は短かったものの、1966年から1999年までの33年間のうち実に29年間は、複数の軍事独裁政権による支配下にあった。

 冷戦終結によって米ソの支援を失ったアフリカ各国の独裁体制は、1990年代に相次いで崩壊し、指導者によっては複数政党制を導入して選挙による延命を図った。現在のアフリカでは、ほとんどの国で制度的には「民主主義」が導入され、複数政党制による大統領選や議会選が行われている。中にはガーナのように選挙を通じた平和裏な政権交代が定着した国もある。

 だが、その一方で、現職の権力者が選挙で敗れても結果受け入れを拒否したり、選挙前に野党陣営が激しく弾圧されることは、珍しい話ではない。先述したガンビアはそうした事例の典型だし、ブルンジのンクルンジザ大統領、コンゴ共和国のサスー・ヌゲソ大統領、ルワンダのカガメ大統領の3氏はいずれも2015年、憲法の三選禁止規定を改正し、三選に踏み切った。

 このうちブルンジは、出馬に踏み切ったンクルンジザに対する国民の抗議と、それに対する徹底的な弾圧で政情が不安定化している。今日のアフリカの政治を巡る特徴の一つは、このように制度的には民主主義の衣をまとっているが、現職大統領の独裁的政権運営によって民主主義が骨抜きにされている事例が見られることである。

 現代アフリカの独裁政治を考える際に注目すべき、もう一つの新しい現象は、抑圧的支配と高度経済成長を両立させる指導者の出現である。