内戦を平定して1991年に政権掌握し、2012年に57歳の若さで病死するまでエチオピアの指導者だった故メレス首相も、抑圧的支配と経済成長の両立で知られた。メレス体制下で2010年5月に実施された総選挙(下院)では、メレス率いる与党エチオピア人民革命民主戦線(ERPDF)が545議席のうち、実に543議席を獲得した。
1月21日、ガンビアの国営テレビで大統領職からの退陣を発表するジャメ氏(AP=共同)
1月21日、ガンビアの国営テレビで大統領職からの退陣を発表するジャメ氏(AP=共同)
 与党のほぼ全議席独占という、民主主義国の常識からすれば不自然極まりない選挙結果は、メレス死後に行われた2015年5月の総選挙でも繰り返された。その点ではエチオピアにおける政治的抑圧は、メレスの個人独裁というよりも、与党ERPDFの一党独裁とみる方が正確かもしれない。ともあれ、このエチオピアもまた驚異的な経済成長を遂げており、2012、2013年の2年間を除けば2004年以降すべて二桁のGDP成長率を記録している。

 長年にわたってアフリカの経済的停滞と政治的混乱に辟易してきた欧米ドナー国の間では、ルワンダ、エチオピアの評判は悪くない。米国はソマリアにおける対イスラーム過激派との代理戦争をエチオピアに任せてきたし、ルワンダはソマリアなどに展開するアフリカ連合平和維持部隊の中核を担ってきた。ルワンダ、エチオピア以外では、例えばウガンダのムセベニ大統領は1986年からカリスマ的な指導力によって事実上の個人支配体制を維持しながら、着実な経済成長を実現している。

 彼らの統治は、無慈悲な暴力によって国家を私物化した前世紀の独裁者とは明らかに異なっている。現代アフリカの独裁は、あえて形容すれば、20世紀のアジアに存在した「開発独裁」に似てなくもない。

 韓国の朴正熙政権、台湾の蒋経国政権、インドネシアのスハルト政権など、アジアには抑圧と経済成長を同時並行させた開発独裁政権が複数存在した。人権抑圧を伴うこれらアジアの政権が国際的に許容された理由の一つは、東西冷戦下の「反共」であった。21世紀のアフリカでは今、「アフリカの経済成長と安定」という大義名分の下に、新たな開発独裁が出現していると言えるかもしれない。