「チーム」で盛り上がる必要はない


 そんな感慨に浸りながら続けてFacebookタイムラインを見ていると、例の小田原市の「生活保護不正受給阻止ジャンパー」問題の続報が流れていた(ジャンパー以外にワイシャツやマグカップも 不適切と小田原市)。

 どうやらオリジナルロゴ(「HOGONAMENNA 保護なめんな」、SHAT〈「生活」「保護」「悪撲滅」「チーム」〉等)入りジャンパーだけではなく、オリジナルTシャツやオリジナルワイシャツもつくって着用していたらしい。マグカップやボールペンもあるとか。
 このロゴのセンスはなんとなく昭和で格好悪いがマンガ的でもあり、それこそ「チーム」感は出ている。

 これを、人権軽視という点から問題視するのは、一種の教条的ポリティカル・コレクトネスであり、少し過剰かなと僕は思う。だから、小田原市が懸命に事態の収束を図ろうとするその有り様は、僕はだいぶシラケる。

 それよりも、生活保護担当者たちが、不正受給撲滅にこれほど(変なロゴグッズづくり)の情熱を捧げるモチベーションに僕は興味がある。

 生活保護的「最後のセーフティーネット」的システムは、必ず不正受給する人々が現れてしまう。その完全撲滅はおそらく防ぎようがなく、不正率の減少政策も含んでのこうしたセーフティーネット・システムだと僕は思うのだ。ジャンパーやマグカップをつくって「チーム不正阻止」を別につくらなくても、担当者による地道な発見と支給停止を行ない、年度はじめの総会などで地味にその減少率を報告する類の分野だ。

 それを倫理的に追求し「悪撲滅」と盛り上がらなくとも、人間が存在する以上起こってしまう出来事の一種だと僕は思う。思春期にある子どもたちの一定割合が「万引き」してしまうようなものだ。それ自体は悪ではあるが、人間が群れとして存在する時、必ず現れる出来事であり、行政システムとしてはそうした「悪」も込でシステムづくりする必要がある。

 「チーム」になって盛り上がる必要はない。