さて、ここで生活保護にまつわる基礎的なことを説明しておきたい。

 不正受給をはじめ、誤解と偏見があまりにも多い生活保護。「あいつらは楽して怠けて得してる」的なバッシングはいまだ多いが、生活保護を受けている人の半分以上が高齢者世帯。そうして3割近くが障害・傷病世帯。高齢、病気や怪我で働けない人が実に約8割を占めている。その他、母子世帯6%、稼働年齢層である「その他世帯」15%程度。シングルマザーの貧困は広く知られているし、「働ける」とされる「その他世帯」も約半数は世帯主の年齢が50歳以上。失業し、年齢が壁となって仕事が見つからないという実態も浮かび上がってくる。

 さて、生活保護については、このような「基本的なこと」がまったく知られないままに「不正受給」の悪いイメージばかりが一人歩きしているのが実態だ。そんな状況から思うのは、今回のジャンパー事件の背景には、世間に蔓延する「偏見や誤解」が、小田原市の職員たちを暴走させていた面もあったのではないかということだ。生活保護を受けている人間を貶めても、誰も怒ったりしない、逆に「よくやった」と褒めてくれるのではないか ───。役所の中に、そんな意識があったのではないか。面談に登場した管理職の人々は、日頃からあのジャンパーを目にしていたという。しかし、「デザインとしてしか認識していなかった」。役所全体に、貧しい人を下に見るような差別意識があったのではないだろうか。

 が、そのことを告げると、役所側は「差別意識はありません」と繰り返すのだった。

 差別意識があったか、なかったか。面談の途中、「生活保護問題全国会議」の会員であり、ジャーナリストの安田浩一氏は言った。

「差別は基本的に意識があったかどうかではなく、被害があったかどうかで考えるべき問題ですから、今回、確実に被害が生じていると私は思っています」

 そうなのだ。受給者は精神的苦痛を感じただろうし、近所の人に生活保護世帯だとバレてしまった人もいるかもしれない。差別意識があるないではなく、どういう言動が差別にあたるのか、その部分からの教育・研修が必要なのだ。例えば「自分はセクハラなんかしていない!」と言い張る人にわかってもらうためには、「こういう言動がセクハラにあたるんですよ」というケーススタディが必要である。面談において、そのように「再発防止のためのケーススタディを」という話になった時、こちら側のメンバーが市側に「生活保護を受けている人を呼び捨てにしていないですか」という質問をした。

「例えば、『鈴木がこんなこと言ってきた』とか『あいつまたこんなことやりやがって』とか。普段職員の間でそんなやり取りになっていないですよね? ちゃんと『さん』付けで呼んでらっしゃいますよね?」

 その質問に対する市側の答えに、思わず椅子からずり落ちそうになった。

「いや、あんまりそんなに大きな声でやり取りしないので。他の人には聞こえないので」
 周りに聞こえないとかじゃなくて、普段から職員間で利用者を呼び捨てにするようなことが「差別意識の現れ」だから、そういうことはないですよね、と質問したのである。なんだかこういう回答を聞くと、「問題の本質がどれくらい理解されているのだろうか…」という不安が込み上げてくるのだった。