ところが、『この世界の片隅に』においてその敵意は顕在化してはいない。いわゆる玉音放送を聴いた後の、すずの激しい感情をむき出した言葉は、敵たる「アメリカ」に対して向けられてはいない。終戦後でも、占領軍たる「アメリカ」は、ラッキーストライクのシールが浮かぶ残飯雑炊に代表されるだけで、ほとんど前景にはでてこない。まるでアメリカは影のようである。
(C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会
(C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会
 従来、このような「アメリカの影」は、徹底的に悲惨な戦争体験を伴わないために生じたと解釈されてきた(「『右傾エンタメ』を読むと本当に『軽い戦争』気分になるのか」)。わたしたちがリアルにも「アメリカ」に対して敵意をもたず、戦後そのアメリカ文化を受容してきたのは、徹底的に悲惨な戦争を経験していない、という説である。これを「軽い戦争」史観と名付けよう。

 しかし、筆者はこの「軽い戦争」史観は誤っていると思う。ひとつには、呉も広島も(もちろん他の戦災をうけた多くの地域も)非常に厳しい戦禍を被っていることだ(現実の呉空襲についてはこの記事を参照)。

 このような厳しい戦争被害をうけた人々がなぜ、「アメリカ」を憎み、敗戦後にアメリカ文化を拒否しなかったのか。「軽い戦争」史観以外にも、いままで占領期の米軍による文化的検閲の効果を指摘する論客(江藤淳ら)や、また戦前からのアメリカ文化の受容が戦時中も継続していたためだと指摘する論者もいる(吉見俊哉『親米と反米』岩波新書)。これらはそれぞれ傾聴に値する指摘ではある。

 筆者は『この世界の片隅に』に描かれた、日本人のもつ「神話」的想像力の強靱性をここでは指摘したい。「神話」的想像力の中では、失われたもの、亡くなったものたちは、すべてその世界の片隅で、重層的な「記憶」として残り続け、居場所を確保している。そしてリアルに生きる人々のこころの中で何度も何度も甦ることで、現実に活気と生命の喜びを与える。この「神話」のもつ力は、アニメの中でも、失われた右手に象徴されるように明瞭だ。

 と同時に、この「神話」の力は強靱性をもつと同時に、危険性もはらんでいる。主客不分離になることで、戦争があたかも自然的現象としてみなされてしまうからでもある。戦争は人間がおこし、それでさまざまな悲劇をまねく。決して、自然現象ではないのだ。「神話」を生きることは、私たちに生命をもたらすが、同時に生命を危機におとしいれる「真因」から目が離れてしまうことにもつながる。

 この「神話」のもつ強靱さと危うさの両面とどう向き合うのか。日本とは何か、日本文化とは何か、という点にまで、『この世界の片隅に』は問いを投げかけている。