もし、この推論が正しければ、北朝鮮には金正男暗殺の積極的な理由が浮かび上がる。一つはもちろん、現在の独裁体制を揺るがす「後継者」要素を除外することである。また副産物として、国内に暗殺事件の概要が伝えられたときに、金正恩体制内で起こる変化を利用して「裏切り者」をあぶり出す効果を狙うこともできる。恐ろしいことだが、それが北朝鮮の独裁的な監視国家としての「宿命」である。そしてなによりも(今回の弾道ミサイル発射と同様に)北朝鮮と中国の関係がどんなものかを(北朝鮮が)確認することができるからだ。



クドナルドの前でポーズをとる金正男氏=マカオ市内
マクドナルドの前でポーズをとる金正男氏=マカオ市内

 昨年、5回目の核実験を行った北朝鮮に対して、国連安全保障理事会は制裁措置を決議した。19日の報道によれば、中国政府はその決議にしたがい、北朝鮮からの石炭輸入を年内停止すると発表している。北朝鮮にとって中国への石炭輸出は貴重な外貨獲得の手法であり、同国の経済に重要な重みをもつ。もちろんこの中国の措置は、今回の暗殺事件とどの程度関係があるかはわからない。ただしこの措置が本当に実効性のあるものならば、北朝鮮にとって状況はシビアなものになろう。

 米国の経済学者、マーカス・ノーランドがかって公表した研究だが、日米や中国などが北朝鮮に対して経済制裁を本格化した場合には、最初の一年で体制崩壊の確率が40%上昇するというものがある。実際に現状での対北朝鮮制裁は従来よりも厳しさを増している。金正男もかかわったとされる武器取引などによって得た海外マネーの「資金洗浄」についても、米国を主導として規制がより強化されている。北朝鮮経済の苦境は深まるだろう。だが、北朝鮮は体制を引き締めるために、独裁者の異母兄でさえも殺すことを選んでいる。自国内の「引き締め」という政治的利益を、中国を含む対外との緊張というコストよりも大きいと金正恩は判断したのかもしれない。しかし、この選択は北朝鮮体制にとって大きなジレンマを内在する。

 北朝鮮経済は、金正恩体制になってから最初の数年は順調なプラスの経済成長率を実現したと評されることが多い。客観的な統計数字はないので注意が必要ではある。しかしここ1、2年は経済が低迷していて、昨年はマイナス成長であったことが韓国の中央銀行から報告されている。このことは北朝鮮から脱出する、いわゆる「脱北者」の動向をみても理解できる。