能年玲奈の洗脳-退社、マギーの不倫、そして清水と、短期間に多くのスキャンダルを連発していることから事務所としての立場や評判をこれ以上悪くしたくない思いが強く、まだ隠された真実や表面化されると困る何かが露呈する前に収めたかったのだろう。

 能年と清水の発言は、薄給が共通しているうえ、仕事の選択においても自由が奪われていることも含め「助けてくれた」のは事務所ではなく他の何かを指しており、事務所に信用も信頼もないということを表現している。

 だが、行動として裏切ったのは清水のほうだ。事務所的には問題を大きくしたくないだけに、当初は真っ向勝負の姿勢だったが、「優しさ溢れる善い人」に転換したようだ。とはいえ、世間的な印象は「事務所=悪」が浸透している。
女優ののん
女優ののん
 信仰の自由は当然であり、その気持ちや考えを否定したり愚弄することは決してしてはならないし、それを誰も責めたりしないが、幸福の科学側が宣戦布告的な姿勢で挑むのは違和感を覚える。まさに「喧嘩上等!」といった雰囲気にも思えるし、もはや幸福どころではない。

 そもそも信仰心を持つタレントは少なくなく、それを隠すこともしていない。しかし、宗教色が強くなるとイメージ的な問題や役柄にも問われる面が多々あるので仕事に影響しない程度として常識の範囲を認識している。それに政治も絡むと面倒なのでタレントとしてはその色を出したくないのだ。

 また、タレント同士で宗教の話題がのぼることはあまりなく、勧誘することもほとんどない。だが、「相手が興味を示したらすかさず誘い込む」技は多くが持ち合わせている。というのも「心底信じている宗教だからその魅力は伝えやすい」ので爽やかに「今度、一緒に行ってみる?」なんて美味しいものを食べに行く感覚で誘われたら「イヤ」と答える友人は少ないだろう。

 表立った布教という活動を熱心にやらないし、無理な勧誘もない。言い方を変えれば「趣味への誘い」的な軽い感覚ならそんな悪い気はしない。誘われた方は、例え断っても嫌な顔もされず、むしろ断る方が気を遣うだろう。ただ断り方が酷いと断絶されることもあるが、芸能人は基本的に自分の立場を理解しているところがある。

 それ以前に自分が「どこぞの信者です」的なアピールはあまりしない。諸外国と違って信仰心の薄い日本では多少なりともこの手の会話が流行ることはないだろうし、皆を誘って日曜日の活動を熱心に行うタレントも多くはない。友達相手に特定宗教団体の新聞の勧誘さえしないのが一般的なレベルだ。

 それだけに清水の場合は、「騙されている」とか「洗脳されている」といった言葉を頭ごなしに投げつけられ、物凄い拒否反応を示したのではないか。信じているものを疑われたときの怒りは計り知れない。清水の信仰心を妨げる何かが生じたのだろうと考えれば、その反抗姿勢から今回の騒動に至ったのも頷ける。