第二は韓国という国の問題である。

 一九六五年は日本と韓国が日韓基本条約を締結し、国交回復させた年であるが、それまで日本が歩んだ塗炭の苦しみを思い起こす必要がある。
島根県の竹島などに慰安婦像を設置するため、募金運動を始めると表明した韓国・京畿道議会の超党派議員ら=1月16日、京畿道議会(聯合=共同)
島根県の竹島などに慰安婦像を設置するため、募金運動を始めると表明した韓国・京畿道議会の超党派議員ら=1月16日、京畿道議会(聯合=共同)
 韓国初代大統領・李承晩は日本に対し、「反民族行為処罰法」による親日反民族行為者への処罰のほか、在日朝鮮人の北朝鮮への帰還事業を阻止するため新潟日赤センター爆破未遂事件(一九五九年十二月)を指示するなど数々の暴虐を働いたが、その最大というべきものが「李承晩ライン」の制定であった。

「李承晩ライン」とは一九五二年一月、サンフランシスコ講和条約発効直前に突如として韓国政府が一方的に海洋資源の独占と領土拡張のため、島根県の竹島を取り込んで軍事境界線・排他的経済水域を公海上に引いた事件である。

 日韓漁業協議会『日韓漁業対策運動史』によれば、日本漁民を拿捕すると彼らは漁民たちに拷問を加え自白を強要し、その獄中生活も雑居房には二十数名が押し込められ身動きができないうえに、食事も腐敗した物を与えられ、栄養失調となり餓死する者まで現れた。

 日韓基本条約締結にともない請求権、経済協力協定、日韓漁業協定が締結されるまでのあいだ、日本漁民三九二九名が不当に抑留され、拿捕時に射殺された漁民は四四名、物的被害額は当時の金額で約九〇億円に及んだ。

 国交断絶するということは、対話のチャネルを謝絶することであり、現在の北朝鮮と同じ状況になることだ。

 国交断絶したのちの韓国が日本に対して〝理性的な行動〟を取ることを前提にしているならば、論者はよほど韓国を信頼しているのだと皮肉りたくもなる。

 いまの日韓関係に憤りを感じるのは私も同じだ。しかし一時の感情に身を任せ国交断絶を提唱し、すべてを白紙に戻すような論調を言論人が行なうことは、ハーメルンの笛吹きとなり国民を誤った道へと誘うことになるのではないか。日韓の歴史に鑑み、国益を損なうことがあってはならない。