「民主主義とは何か」との説明と論議は、各国で異なるかもしれないが、民主主義の柱は「自由選挙」と「言論、報道の自由」である。米国の民主主義はこの原則を厳しく守り、自由選挙で選ばれた大統領と議会に多くの権限を与える。だから、法案の提出権は連邦議員にある。選挙で選ばれない官僚には、権限が法律で規制される。選挙で選ばれない閣僚も議会の徹底した審査を受ける。

 この原則からすれば、選挙で選ばれた大統領の弾劾と罷免の要件は、米国では厳しい。憲法裁判所の裁判官は、自由選挙で選ばれたわけではない。それだけに、弾劾成立の構成要件の審理は、慎重かつ厳格におこなわれるべきだろう。

 法律的な見地からすれば、憲法裁判所の認定は「大統領の犯罪」についての厳格な構成要件を欠いている、と思わざるを得ない。また、証拠も提示されなかったのは「罪刑法定主義」に反する。裁判官の客観的でない「判断」が示されただけだと、法律的には批判されかねない。サムスン財閥をめぐる「贈収賄疑惑」は、自白も証拠も提示されていない。「心証」が示されただけだ。

 一方、朴槿恵大統領にも韓国の民主主義を守るとの意識は弱かった。憲法裁判所に出廷し、自らの立場を表明しなかった。「真相究明に協力する」と言いながら、記者会見も拒否し、法廷での発言もしないのでは、民主主義の手続きを大統領自ら壊したと批判される。そもそも産経新聞の加藤ソウル支局長を起訴し、民主主義の基幹である報道の自由を否定した。
1月1日、韓国大統領府で記者団と会った朴槿恵大統領(ロイター)
1月1日、韓国大統領府で記者団と会った朴槿恵大統領(ロイター)
 また、朴槿恵大統領や与党の政治家には、国民と国家のために自分を犠牲にする覚悟はなかったと批判されても仕方がない。その代表は、大統領選出馬を表明した潘基文前国連事務総長だ。韓国のある大物政治家に「国家と国民のために、自分の人生を犠牲にする覚悟なしに出馬してはいけない」と指摘されたことがあった。それなのに、国民と国家を投げ捨てて途中で逃げ出してしまった。「国家と国民を思う政治家が韓国にはいない」と嘆く国民は少なくない。

 一連の問題は、大統領が知人女性に演説文を相談した事実が明らかにされ、一大スキャンダルに発展した。事件の背景にあるのは、独立以来韓国を二分してきた保守勢力と、革新左派の激しい対立である。韓国の左派勢力は、保守が主導権を握る「大韓民国」の正統性を否定してきた。半面、日本帝国主義に勝利したとする北朝鮮の正統性に魅力を感じてきた人々である。

 今回の事件の背後に横たわり、次の大統領選挙の隠れた最大の争点は「大韓民国の正統性」である。支持率ナンバーワンの大統領候補、文在寅氏と革新左派勢力は、朴槿恵大統領を象徴とする独立以来の「大韓民国」の正統性を否定し、自由も人権もない北朝鮮に優しい「大韓民国」に変えようとしている。だからこそ、日韓慰安婦合意の破棄を堂々と主張する。

 隣国の政治状況は、韓国民衆運動のシンボル的存在だった思想家、咸錫憲が「国民を思う指導層がいない」と嘆いた朝鮮王朝の悲劇を回想させる事態とも言えよう。