時間一杯になった最後の仕切りでは、ゆっくりと立ち、蹲踞で構えてから少し時間を置いて自分の間を作る。そこで時間を開けると従来なら余計なことを考えて不安が入り込み、格下にも思わぬ取りこぼしをする例が少なくなかったが、今場所は雰囲気が違う。勝負に自然と入り込み、身体と意思がピタリとあってズレがない。そんな風に見える。四日目は小兵のクセ者・蒼国来。初顔とあってか、相手を見て慎重に立った。上手を取るともう蒼国来は完全に自由を奪われ、相撲にならなかった。そして5日目、前日に白鵬を破った勢を終始圧倒した。

大相撲春場所の初日、土俵入りする新横綱稀勢の里
=3月12日、大阪市のエディオンアリーナ大阪
大相撲春場所の初日、土俵入りする新横綱稀勢の里 =3月12日、大阪市のエディオンアリーナ大阪 
 横綱には「負けてはならない」宿命はあるが、何勝しないと昇進できない、といったプレッシャーはない。稀勢の里は、横綱昇進で苦手なプレッシャーから解放され、伸び伸びと強さを発揮しているように見える。そして、どうやらそれだけではない。相撲に対する確信が自分の中でも深まっているようだ。

 場所前、NHKテレビのインタビューに答えて、稀勢の里はこう語っている。

 「去年の大阪くらいから少しずつですけど自分の形になってきた。そこで13勝したのがかなりの自信になりました。バチッとはまった感じがありましたね。(今場所大事なのは)気持ちの部分じゃないですか。喜怒哀楽を出すとやはりムラも出ますしね。いかに淡々と一日一日を過ごすかが大事。先代の師匠も言っておられました、土俵は人生の縮図だ、その部分を鍛えていきたい」

 5日目の白星で、幕内通算勝利数が683勝となり、高見山と並び歴代9位になった。1位白鵬の927勝にはまだ距離があるが、上を見ると、8位旭天鵬、7位貴乃花、6位武蔵丸、5位の大鵬が746勝だ。大横綱・大鵬まであと63勝。今年中に上回るのも夢ではない。もし今年の終盤、早い段階で大鵬の746勝を超えるようなら、稀勢の里もまた大横綱と呼ばれる階段を上り始めた証拠になるだろう。

 NHKのインタビューの終わりに稀勢の里はこうも語っている。

 「肉体は25歳だと思っている。あと5年、10年はできるようにがんばりたい」

 昇進の甘さで物議を醸した稀勢の里だが、ここから世間を納得させる大横綱へと実績を積む可能性も感じられる。中盤以降、より凄みを増すよう、期待したい。