このように消費増税の否定、日銀の中長期国債の大規模な保有を支持する一方で、スティグリッツ氏は長期間にわたる財政政策のルール変更も訴えている。スティグリッツ氏は米国経済に関しては長期のインフラ投資に傾斜すべきことを熱心に説いている(スティグリッツ『これから始まる「新しい世界経済」の教科書』(徳間書店)参照)。

 だが、日本の場合は成長が期待される産業への政府支出の拡大(産業政策)に重点を置いたものになっている。それに合わせて不平等の解消や財政基盤の安定のために累進課税の強化、そして炭素税の導入も主張している。

 筆者は税制の改正については、スティグリッツ氏の主張に賛成である。明治大学の飯田泰之准教授が以前から強調しているが、日本が90年代以降財政赤字を累増してきた背景には、経済の低迷に加えて、累進税率をフラット化したことに大きく原因がある(飯田泰之・雨宮処凛『脱貧困の経済学』ちくま文庫)。つまり、取れるところから税金を取らなくなったので財政が悪化したのだ。もちろんそれに加えて、スティグリッツ教授の指摘するように、所得の不平等にも寄与してきただろう。累進税率を高めることは、この財政赤字の解消への貢献、さらには不平等の解消の面で効果があるだろう。

 ただし、産業政策を財政支出の目玉にすることには筆者は慎重である。政府が成長産業や成長分野を的確に見つけ出すことができれば、経済成長に貢献するだろう。だが、日本で行われた産業政策の多くが、農業や石炭産業など衰退産業への保護政策の別名でしかなかった。そして成長分野の育成にほぼ100%近く失敗してきたのである。この点で、筆者はスティグリッツ氏と見解を異にする。

 もちろん財政政策の新ルールの変更は重要だ。消費増税の事実上の廃止、日本銀行と政府が協調して保有する国債の永久塩漬け(の維持・拡大)、さらに累進課税の強化に炭素税の導入、そして教育支出の拡大が望まれる。

 消費税については増税の取りやめに加えて、減税が望ましい。さらにムダな公共投資はもちろんすべきではないが、それでも現状で景気失速が懸念されるならば、拡大基調に行うべきだ。ただそのときは補正予算で組むよりも、「国土強靱省」のような長期インフラ投資を実行する新組織を策定した方が、従来の財務省と国土交通省によるインフラ投資よりも財政政策の信任が高まり、より長期的に効果を維持するだろう。

 このように財政政策の新ルールを国際的な流れの中で(一部はそれを先取りして実現)見直すことが今後、アベノミクス、またはポスト・アベノミクスを考えるときのキーになる。

 ただし、それを行うことができる政治勢力は、いまのところ現在の安倍政権以外に与野党とも不在である。以前の連載でも書いたが、国民に人気の高い小泉進次郎氏らは財政再建=緊縮主義であり、いまの国際的な経済政策に逆行する政策観を持っている。また次の都議選で新党を設立し、将来的には国政を狙う小池百合子東京都知事の政策観もやはり構造改革主義的なもので、国際的なアベノミクス化の流れとは異なる。その意味では、安倍政権に代替する有力な政治勢力が不在である。
JA全中の奥野長衛会長(右)と二人三脚での農業改革をアピールする自民党の小泉進次郞農林部会長(左)=2016年6月26日午前、三重県度会町
JA全中の奥野長衛会長(右)と二人三脚での農業改革をアピールする自民党の小泉進次郞農林部会長(左)=2016年6月26日午前、三重県度会町
 このポスト安倍の不在こそが、日本の根本的な危機である。