だとしても、籠池理事長を批判すれば事足れりとはならない。「アメリカの意向や利益に反しない範囲でしか自国の歴史や伝統を肯定できず、ゆえに『歴史や伝統の肯定』と『現実的な姿勢』とがしばしば矛盾をきたす」という戦後保守のあり方も、いかんせん欺瞞的なものだからだ。

 その根底には、敗戦の際はもとより、独立回復、さらにはそれ以後も、自国のあり方を総括し、戦前と戦後に筋を通そうとする努力を十分してこなかった問題がひそむ。意地悪な言い方をすれば、戦後保守はおのれの矛盾にきっちり立ち向かうのではなく、当の矛盾をきっちり隠蔽しようとすることにばかり神経を使ってきたのである。

 これを露呈してしまったのが、3月8日の参院予算委員会における稲田朋美防衛大臣の発言だった。社民党の福島瑞穂議員から教育勅語をどう評価するかと問われ、稲田防相はこう述べている。
 「私は教育勅語の精神であるところの、日本が道義国家を目指すべきである、そして親孝行とか友達を大切にするとか、そういう核の部分ですね、そこは今も大切なものとして維持している」「教育勅語に流れている核の部分、そこは取り戻すべきだと考えている」「教育勅語自体が全く誤っているというのは私は違うと思う。これは(防衛相としての)所管ではありませんけれども。(中略)その精神の核自体は道義国家を目指すというのは、目指すべきだと思う」(http://www.j-cast.com/2017/03/10292840.html?p=all

 だが、いかなる文書においても、内容と形式を切り離すことはできない。教育勅語の「精神の核」は、それが勅語、つまり天皇が国務大臣の副署(明治憲法下、天皇の名に添えて、助言する立場の者が記した署名)なしで発表した言葉であることと不可分なのだ。
教育勅語原本(右)と謄本
教育勅語原本(右)と謄本
 日本国憲法の第三条は「天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要と(する)」と定めており、第四条第一項は「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行(う)」と定めている。片や教育勅語は、日本人、および日本社会のあり方について、いろいろ具体的な指針を提示しているのだから、内容に評価すべき点があろうと、憲法の規定に違反する疑いが強い。現に1948年、国会では同勅語の失効と排除が決議された。

 ゆえに教育勅語をどう評価するかは、「敗戦によって、天皇の地位や役割が変わったことをどう評価するか」という問題と直結する。しかしここまで踏み込んだら最後、戦後保守としての立ち位置が崩壊するのも疑い得ない。

 だからこそ稲田防衛相は、勅語の「精神」や「核」なるものを取り出して、弁護論を展開するほかないのだ。ただし国としての道義性を高めるという理念は、勅語の形式を取らなくても表明できるのだから、これでは教育勅語自体を評価したり、弁護したりしたことにはならない。

 稲田防相は2月にも、南スーダンにおける自衛隊のPKO活動に関連して、「憲法上の問題があるので、戦闘ではなく衝突という言葉を使う」旨を答弁、厳しい批判にさらされた。くだんの答弁と、教育勅語をめぐる今回の答弁は、みごとに同じ構造を持つ。どちらの場合も、戦後保守の抱える矛盾、ないし欺瞞をどうにか取り繕おうとする姿勢が、「小手先のゴマカシ」としか形容しえない発言を生んでしまったのだ。

 森友学園の騒ぎは、そのようなゴマカシが、もはや維持しえないことを突きつけているのではないだろうか。やはり事の本質は、利権や金銭をめぐる疑惑などにはないのである。