当時はサラリーマンだったというが、これについては菅野氏ともう数年に近い付き合いを続けている筆者もよく知らない。あまりに詳細すぎるゆえに却って胡散臭いWikipediaの記述もすぐに信じる気にはならない。おそらく、このしばき隊の頃はネットでの活動が唯一のものだったと思う。Twitterで様々な論陣を張っていた菅野氏は、しばき隊の以前から在特会を中心とする差別主義団体への抗議運動を目論んでいた。そのため、そのネット発信力の影響力は強かった。大向こうを相手にして勝負をかける手際も、ネット出自の一個人にしては全く見事だった。生活保護バッシングをいさめる新聞広告をネットの人たちからの寄付金で実行したのも菅野氏だ。しかし、そのうちに菅野氏はこの運動界隈から「失脚」する。

報道陣に囲まれるジャーナリストの菅野完氏=3月15日、東京都港区
報道陣に囲まれるジャーナリストの菅野完氏=3月15日、東京都港区
 もともとは汚れたドブ川に体を沈めて素手でヘドロを掻くような仕事で、主義主張にはこだわらない集団であったし、それがどんな人間であってもその目的に適している人間であればよかった。人には言えないような過去をもつ者もいた。そもそも「社会運動」というものに向いていないアウトローが多かった。アメリカ大使館に火炎瓶を投げ込んだ右翼、共産党議員の親をもつアウトロー気取りのデザイナー、ネットの荒らし行為を繰り返していた音楽雑誌の編集者、逮捕歴のあるJリーグのフーリガンのリーダー、名の知れた不良の過去をもつ不動産屋の社長、外国で長いことドラッグにイカレていた写真家、これらを佇まいよく社会運動のためにコントロールしようとするのは無理だ。

 一方その頃には、在特会をはじめとする差別主義団体の活動が鈍ってきていたこともあり、そのしばき隊が解散して、その反差別の活動を社会運動として組織化することになった。すると、やはりその居住まいの悪さが裏目に出るようになった。男女関係も乱れていた。とても社会運動の体裁を整えられるような集団ではない。「もともとネットのチンピラなんだから、チンピラなりの分をわきまえるべきだ」とかつてその界隈と行動をともにし、ご意見番のような存在であったひとりは、何か問題が表面化するたびに筆者に苦々しく言い放った。菅野完もいわばそうした「チンピラ」のひとりだった。もともとは女性関係に悪評があった菅野氏だったが、それがさらにエスカレートして運動内部で問題化。それを収拾しかけたかという矢先に運動の活動費用の金銭問題が明らかになった。ここでこの運動界隈の人たちは菅野氏から離れていった。今でもこの界隈から菅野氏は蛇蝎(だかつ)の扱いだ。