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昭恵夫人、ファーストレディは立場であって仕事ではありません

『八幡和郎』

読了まで10分

八幡和郎(評論家、徳島文理大教授)

 妃殿下や首相夫人というのは一体どんな存在なのか、私はつくづく不思議に思える。皇族の男子は日本国統合の象徴である天皇ないしその近親であり、皇族としてふさわしい役割を果たすべく幼少期から特別の教育を受けてきた。しかし、妃殿下はたまたま皇族の男子から結婚相手として選ばれただけであり、極端に言えば数週間の速成講習で誰でもなれてしまう。

 一方、首相は国会議員として選ばれ、さらにその中から一国の指導者として互選されなければならないが、首相夫人は選挙に出るわけでもないし、互選されたわけでもない。

 それでも昔は、ヨーロッパでは王妃になれるのは外国の王女だけだったし、近代日本では宮家か五摂家の出身者に独占されていたから、取り立てて問題になることはなかった。

 それがまったく民間の女性が王妃になると、ダイアナ妃に代表されるように「シンデレラ」として話題になって人気は沸騰するが、スキャンダルに巻き込まれることや、精神や健康を害してしまうことも多い。
 日本では美智子皇后陛下が、抜群の能力でひとつの時代をつくられたが、妃殿下制度というものの難しさを露呈してしまっている例も出ている。

 私は、日本に限らず、生まれながらの内親王や王女といった女性皇(王)族には、結婚してからも公務をやっていただく一方、妃殿下は首相夫人と同じく、本人の適性と選択でマイペースでやっていただくほうがよいのではと思っている。もともと、生まれながらの皇族、王族でないと難しい仕事だからである。

 逆に、近代日本では首相夫人が表舞台に出てくること自体がほとんどなかった。

 家庭における内助の功とか、選挙区で多忙な夫のかわりに日ごろの草刈りや、選挙で演説することはあっても、政治的な助言者であるとか、ファーストレディとして注目を浴びるとか、魅力的だと話題になったのも皆無に近い。

 しいて、華やかに目立ったというと、ミニスカートが話題になった佐藤栄作元首相夫人の寛子さんくらいだった。

 誰の娘であるといったことが意味があったのも、三菱の創始者、岩崎弥太郎の娘婿だった加藤高明と幣原喜重郎、内大臣、牧野伸顕の娘婿だった吉田茂、それに薩摩出身の先輩の娘と結婚して藩閥に連なった斎藤実、国粋主義団体幹部の娘と結婚して色眼鏡で見られた広田弘毅くらいに限られた。

 自分でそれなりの仕事をしていた人もほとんどいない。鳩山一郎夫人の薫子さんは、共立女子大の学長として活躍したが、義母から引き継いだもので嫁としての立場でのものだ。三木総理夫人の睦子さんが、女傑といわれ夫の死後も平和運動などに活発に参加しており、その後は細川護煕夫人が目立つくらいだ。

 その中で、安倍昭恵夫人の活躍ぶりは、欧米のファーストレディ並みの華やかさだった。ここでは、昭恵夫人について論じる前に、アメリカのファーストレディの歴史を少し見てみよう。

 「ファーストレディは立場であって仕事ではない」と大統領候補になる以前のヒラリー・クリントンは自著で述べている。「その役割は象徴的なものでアメリカ婦人という概念の理想像であり神話的な像を表徴することを期待されてきた」(「リビング・ヒストリー」ヒラリー・ロダム・クリントン自伝より)。
 それはまた国家に対する無償・無休の奉仕活動のようなものであり、ヘアスタイルから子供の学校選びまで、一挙一動が国民に厳しくチェックされる精神的負担の重みに耐えかねて、依存症等に追い込まれた気の毒なケースも稀ではない。そうした難しい状況で高い評価を受ける大統領夫人たちには二つのタイプがある。

 「建国の母」として知られるマーサ・ワシントン(初代)に代表される「良妻賢母」型は夫の活動を全面的に支え、安心できる家庭を築くことでアメリカ主婦の理想として好感を持たれた。クールな「ベストマザー」のエディス・ルーズベルト(26代)、サイレント・カルといわれる寡黙な夫を「サンシャイン」と呼ばれた明るさで支えたグレイス・クーリッジ(30代)、古き良きアメリカのホームドラマのように陽気なメイミー・アイゼンハワー(34代)、良家の奥様的雰囲気のローラ・ブッシュ(43代)などがこの中に入るだろう。

 ローラの姑にあたるバーバラ・ブッシュも白髪や顔のしわを隠さず「アメリカのお祖母ちゃん」というキャラクターで人気を得ていた。ただし控え目な日本的内助の功とは異なり、積極的に自分や家族のアピールをすることも重要なポイントになる。

 また、社会的な貢献に結びつく独自のライフワークを持つことが近年、必要条件になっている。しかし、家庭生活が犠牲になるほど本格的な活動は逆に非難の対象になってしまうのでほどほどが大事なようである。保守層の受けが良いタイプなので共和党の夫人が多い。

 リベラル層に評価されるのは、自らの魅力や主体的行動で国民を惹きつけ夫のイメージアップに貢献するカリスマ型である。先進的な見識で女性史に名を記した知性的なアビゲイル・アダムズ(2代)、優秀な個人秘書として夫の業績に多大な貢献を果たしたサラ・ポーク(11代)、「ニュー・ウーマン」と歓迎されたルーシー・ヘイズ(19代)、人権運動のエレノア・ルーズベルト(32代)らの名前が挙げられる。

 しかし、その美貌や貴族的なライフスタイルゆえにジャクリーン・ケネディ(35代)がこのタイプでは他を圧倒している。また社交の天才でファッションリーダーでもあったドリー・マディソン(4代)は「カリスマ的内助の功」を発揮してどちらの基準でもトップクラスの位置を占め「皇太后」と尊敬されたようにやはり特別な存在である。

 ところで、冒頭のヒラリー・クリントンをファーストレディとして評価するのは難しい。彼女なりに努力もしていたし(一期目はカリスマ、二期目は内助の功的に)、標準以上の成果もあげていたが、いかにも収まりが悪いので「ファースト・パートナー」「スーパー・スパウズ(配偶者)」などとマスコミも呼び方に苦労した。

 知事夫人時代には二度も「全米・最も優秀な弁護士百人」に選ばれ、託された州の教育改革を成功に導く活躍ができたが、ホワイトハウスではケネディ大統領が弟のロバートを法務長官に任命した後「縁者採用禁止」が法文化されていたので彼女は正式な役職に就けず「ワシントンがアーカンソーより保守的だなんて…」と戸惑い落ち込むことが多かった。

 ヒラリーの後、その反動からかローラ・ブッシュが好評を博したが、ではミッシェル・オバマはどうだったのか。オバマが演説はうまいが社交的でない中で、むしろ好感をより持たれないようなところもある。

 しかし、大統領夫人がいるべきときに不在だったことが多かったのも事実だ。そういう意味でも私は歴史的評価がどうなるかもうひとつという気もする。

 そして、トランプ夫人はエレガントであることではジャクリーン・ケネディ以来だが、ファーストレディとしての役割のかなりは娘のイバンカが代替しそうだ。

 さて、安倍昭恵夫人だが、これまでさんざん夫人を持ち上げていた左派系マスコミが手のひらを返して、「アッキード事件」などとこれ以上ない悪質な印象操作で人格否定しリンチ状態に持ち込んだ。これを「いじめ」と言わずに何と言おうか。
2月11日、安倍首相夫人の昭恵さん(左)と日本庭園を散策するトランプ米大統領の夫人メラニアさん=米フロリダ州デルレービーチ(ロイター=共同)
 籠池氏の証人喚問があった23日の夜、夫人はFacebookに見解を掲載した。曖昧なところを残さずに、明確に立場を明らかにされたことは結構なことだ。この内容について検証し、事実と違う部分が多数出てくれば、そのときは証人喚問などが議論されるべきというのがバランスの取れた考え方だ。

 安倍首相が自分や夫人がかかわっていたら辞めるなどと言ったから大事になっているが、100万円の寄付を渡していたとしても何が問題なのか。昭恵夫人が世間知らずのお嬢様というだけのことではないか。

 私は、極端でなければ首相夫人が首相とは少し違うポジションで社会的な活動をしてもいいと思うが、都合の良いときだけ「共同責任」を持ち出して攻撃するのは良くないと思う。一言で言って卑怯だ。首相夫人としての立場を露骨に利用して行ったのでなければそれほど強く非難すべきことでもない。

 昭恵夫人が幼稚園の名誉園長だったことで首相まで攻撃されているが、ならば夫人が辺野古に行ったり、反原発派などの人々と交流したり、韓国に融和的な態度を示したり、安倍首相とズレがある行動はやるべきでないという「論理的帰結」になる。

 ただし、現実にこのように政治利用する人が出てくるとなると、首相の反対派を喜ばせているような振る舞いも含めて、独自の活動は全般的に抑制してもらわざるを得ないかもしれない。要は、口の上手な危ない人と付き合わないほうがいいというのは確かだ。百戦錬磨のワルどもを相手に感性で動くのは、首相夫人にふさわしくない。

 それから蛇足だが、東京都の小池百合子知事も左派系マスコミの「声援」にいい気になっていると、いつか昭恵夫人と同じ目に遭わないか心配である。彼らは上げてから落とすのが「得意」なのだから。

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