これまで一人勝ち状態だったモンゴル勢は、とくに日本勢と対立することもなかった。日本人力士たちは、張り合うレベルになかったからだ。ところが、稀勢の里が実力を増し、同じ部屋の高安も実力と人気を伸ばす中、モンゴル勢はすっかり敵役の様相を呈している。白鵬は、ある時期から日本人を敵に回しても平気だという姿勢に転じたが、横綱になってしばらくは「日本人以上に日本人の良さを兼ね備えている」と評価され、大半の日本人が好感を持って応援していた。白鵬と常に優勝を争い、その地位を脅かす日本人力士がいなかったのだから、白鵬が日本人的な位置を占め、日本のファンに愛される役割を担っていたのだ。

 ところが、それでなくても白鵬が悪役的な振る舞いを常態化させ、かつての白鵬に対する評価がなくなっているいま、稀勢の里の台頭で白鵬は完全に「勝てば嫌われる脇役」となった。

 その背景に、もうひとつ複雑な事情がある。相撲協会の中で着実に勢力を伸ばしつつ在る貴乃花親方の白鵬いじめがあからさまだというのだ。真偽は定かではないが、巡業中、白鵬がまだバスに戻っていないことを知りながら貴乃花親方がバスの出発を促した。明らかに嫌がらせだと証言する人が多い。白鵬がそれを聞いて、気分を悪くした(おそらくは激しく憤慨した)のは容易に想像できる。貴乃花親方にすれば、自分がそうであったように、相撲界は日本人横綱が先頭に立ってこそ本物との思いが根強くあるのではないだろうか。久々に現れた稀勢の里という宝を寵愛するあまり、好敵手たちを感情的に冷遇する意識が無意識にでもあるとすれば、世界を視野に入れる相撲協会をリードする資質を疑われる。

稽古する白鵬(右)と稀勢の里=3月8日、大阪市港区の田子ノ浦部屋宿舎
稽古する白鵬(右)と稀勢の里=3月8日、大阪市港区の田子ノ浦部屋宿舎
 白鵬が引退を決意する日がそう遠くないのではないかという思いは、多くの相撲ファンが抱いている。引退後の白鵬はどんな道を歩むのだろう。これだけの大横綱なら、親方になり、部屋を持つのが、日本人力士なら通常の道だ。が、白鵬の前には国籍の問題が立ちはだかる。親方になれるのは「日本人」と限定されているからだ。

 日本の伝統を守るために必要な規定かもしれないが、すでに土俵を外国人力士に開放し、看板を担ってもらいながら、最後に門を閉じるやり方は、失礼千万ではないのか。白鵬は「モンゴル国籍のまま、一代年寄として相撲界に貢献する」道を希望し、非公式だがその意向を表明した。ところが、春場所前のトークショーで貴乃花親方がこれに否定的な見解を示した。相撲協会は「親方は日本国籍」の方針を今後も維持し、「外国人親方」を頑なに拒む姿勢のようだ。そのことがさらに深い感情のもつれの背景にある。日本の相撲界は、よき伝統を守る努力を続ける一方、開かれた発想を持って変わる意識も持つべき時期に来ている。

 土俵が熱くなる競争心、ライバル心が高じることは、時に勝負の次元を一瞬にして高める役割を担う。だが、今回の日本勢対モンゴル勢の対立構図は、まず明るくない。陰湿で、こういう場合は必ずと言っていいほど、大ケガにつながる。今回は稀勢の里の気力が上回って、自ら悪夢のような試練を糧に変えたが、遺恨を背にした相撲を見るのはあまり楽しくはない。