やがて平成という元号を付して呼ばれることになる可能性が高い現在の天皇は、実は昭和と異なり、自らの記号を自分自身で選べなくなった存在なのである。

 なぜかといえば、昭和までの元号はすべて、最終的には天皇が決定していたのに対して、昭和54年(1979年)に施行された元号法の下で初の改元となった平成は、「元号は政令で定める」との条文に従って、政令を制定する内閣が決めているからである。

 すなわち、明治から昭和まで3つの元号は、諡号として将来的に自らを示す記号になることも視野に入れながら決定できたのに対して、平成以降は、自ら決定できず、内閣にその権限が移っているのである。

 この点で、畏れ多いことを重々承知の上で書けば、名前をめぐる不条理とも言える状況について、私自身が、少しは想像力を働かせられる境遇にあると言えるのかもしれない。

 とはいえ、これも偶然の積み重ねではあるものの、元号を研究テーマに選んでおり、そして、こうして頂いた原稿の依頼に応じている以上、少なくとも「元号廃止」を唱える立場ではないことだけは確かだ。

元号廃止論とその歴史


 他方で、元号廃止を唱える声は、ネット上を中心に挙がっている。
 
 いわく、SEが西暦と元号を二重に設定する手間がかかる、あるいは海外との統一性を欠いている、といった具合だ。

 もちろん、先述の元号法は、「元号は、政令で定める」と「元号は、皇位の継承があった場合に限り改める」(一世一元)という2条しかない、日本で最も短い法律であるため、一般的にはもちろん、官公庁であってすら元号を使用する義務は、ない。

コンピュータ2000年問題 官邸対策室で2000年を迎えたニュージーランドの情勢を電話で在ニュージーランド大使に聞く小渕恵三首相=1999年12月31日
コンピュータ2000年問題 官邸対策室で2000年を
迎えたニュージーランドの情勢を電話で在ニュージーラン
ド大使に聞く小渕恵三首相=1999年12月31日
 けれども、周知のように、元号は645年の「大化」以来、初期には空白期があったものの、現在にいたるまで247個も途切れずに、日本において使われて続けてきている。

 この制度を始めた中国においても、もはや使われていない。そして、台湾では建国暦を使っているとはいえ、元号という記号、しかも、一人の天皇の在位期間に一つの元号を一致させる一世一元は、世界中に日本でしか用いられていない。

 そうした唯一性も相まって、元号はこれまでも何度も廃止を唱えられてきている。加えて、戦後において元号が、長く法的根拠を持たなかったことも、そうした廃止論を支えてきた。

 大日本帝国憲法下では、旧・皇室典範が元号の法的根拠となっていたが、戦後、皇室典範が新しくなると、元号は法的根拠を失う。その後、昭和54年に元号法が制定されるまで、戦後30年以上にわたって、元号は政府が「事実たる慣習」とする位置づけることによって、何とか存続させてきたのが実情であった。

 戦争が終わり、日本国憲法が施行された後、元号廃止法案が国会に提出され審議されたほか、元号法制定をめぐる議論の中でも盛んに元号廃止は唱えられてきた。

 元号は、すでに1300年以上存続させている。この制度を、ほかでもない今、廃止する理由は、どういったものが考えられるだろうか。廃止論者がしばしば唱えるような、現在における利便性を主な根拠とするだけでは、議論として弱すぎるのではないか。