そして、元号を廃止した場合に、西暦に統一すればよい、という議論もまたしばしば聞こえてくる。けれども、なぜ、わざわざ、西暦という文字通り、西洋の暦、しかも、キリスト教紀元の暦を日本が公的に採用しなければならないのか。その理由もまた、元号を廃止する積極的な理由と同様に、根拠が弱いのではないか。

 少なくとも元号廃止論を掲げる以上、「なぜ、ほかならぬ今、廃止しなければならないのか」という明確な根拠が必要なのではないか。もちろん、その根拠については、これまでの元号をめぐる議論をふまえなければならない。

 それゆえに、私は、まだまだこれまでの議論に学ばなければならないと考えているし、軽々に元号廃止を唱えられる状況にはないと判断している。

元号とは何か


 さて、そうした私の立場や、簡単な歴史的経緯を確かめた上で、あらためて昭和と平成の「時代の違い」について簡潔に述べておきたい。

 そもそも元号とは、いったい何なのか。それは、天皇による治世を示すための、すなわち天皇の権威や権力を示す記号であった。

 実際、昭和に至るまでの246個の元号は、たとえ形式的にではあれ、最終的にはすべて天皇が決めてきた。江戸時代に、幕府が実質的に選んでいた当時ですら、最後の決定は、天皇が行なってきた。また、21年間の在位中に8回も改元した後醍醐天皇に代表されるように、自らがこの国の最高権力者だと知らしめるために、元号は改められ、そして続けられてきた。

 これに対して、元号法による初めての改元となった平成は、先述のように、天皇ではなく内閣が決定したものである以上、天皇の権威や権力を示す記号としての位置づけは薄くなっていると言わざるを得ない。しかしながら、元号法は同時に、一世一元も定めている。すなわち、元号と天皇の在位期間が一致しているため、両者は無関係になったわけではないどころか、密接に関係している。

 あらためてまとめれば、次のように言える。

 元号は、昭和までは天皇の権威や権力を示す記号であったゆえに、次の元号を語ることはタブーであった。これに対して、現在の平成においては、次の元号は天皇の権威や権力をダイレクトに示してはいないものの、在位期間と一致しているために、天皇との関係において語らざるを得ない。ただし、そこにはもはやタブーは、ほとんどないと言ってよい。

 ここに、平成と昭和との差がある。