その国会では、つい最近まで、安倍首相の昭恵夫人は私人か公人かの定義に忙しく、南スーダンでは「戦闘」が行われたのかどうかが、与野党の関心事となっていた。署名が一億人を超えても、北方領土問題は解決することはないであろう。

 そもそも日本は、隣国の韓国や中国とは社会の成り立ちが違っている。長く中央集権的な社会体制を続けてきた韓国や中国では、民族はあっても国家や社会(地方自治)を経験する機会に乏しかった。

 そのため、民族感情を刺激する事案に対しては、集団的に行動することになり、いったん動き始めると収束が難しくなる。朴槿恵氏が弾劾された事件では、ろうそく集会が大きく影響した。それは集団の力を利用し、自らの要求を貫徹させることに目的があったからだ。
朴槿恵氏の即時退陣を要求する集会でともされたろうそく=2016年12月10日、ソウル(共同)
朴槿恵氏の即時退陣を要求する集会でともされたろうそく=2016年12月10日、ソウル(共同)
 だが、それは民主主義とは似て非なるものである。事の是非ではなく、自らの感情を行動に現したものだからである。朴槿恵氏を弾劾したからといって、韓国の政治が改善されるわけでもなく、サムスングループのトップを贈賄の疑いで逮捕し、財閥解体に結び付けようとしても、韓国経済の回復は難しい。歴史的に見て、韓国の集団行動は、壊すことはできても、創ることに結び付いていないからである。これは中国も同じである。

 領土問題を解決するには、武力が必要だとする異見がある。尖閣諸島を守るには、憲法改正が不可欠だという。

 尖閣問題では、「日米安全保障条約」の第五条が沖縄県の尖閣諸島にも適用されるかどうかが、日本側の関心事となっている。一方で沖縄の米軍基地の縮小が問題となり、自衛隊の先島諸島駐屯が論議される。竹島は、その範疇(はんちゅう)にも入っていない。

 外国の軍事力を頼れば、日本は常にその国に従属することを余儀なくされる。自衛隊員も、尖閣諸島が日本の領土だと確信しているわけではない。米国は尖閣諸島の施政権は認めているが、領有権を認めているわけではないからだ。

 それに日本が相手にしているのは、日本とは異なる歴史と文化を持った国々である。竹島は島根県の問題、北方領土は根室市の問題、尖閣諸島は石垣市の問題となる日本である。武力や憲法改正で、解決できる問題ではない。現実を無視し、憲法改正反対を唱えるのも、言語道断である。問題の本質は、別にあるからだ。

 彼我の違いを明らかにし、竹島問題と尖閣問題では韓中に文化攻勢を仕掛け、その過程で韓中の妄動を鎮めていくことが、迂遠(うえん)のようだが、歴史問題を解決する近道である。竹島問題や尖閣諸島問題に進展がないのは、韓中が歴史的に抱えている民族的な課題に対し、日本も無知だからである。

 国家主権に関する問題を解決するためには、韓中にはあって日本にはない、領土と国家主権に関する歴史研究機関の設置が不可欠である。