1)現在、起きている事態は悪いものである。
 2)ただし、もっと悪い事態も想像することができる。
 3)ゆえに現在の事態は、実は良いものか、少なくともそれほど悪くないものである。

 上記の論理構造、三段論法の形を取ってこそいるものの、理屈にも何もなっていない。こんな主張が許されるのであれば、架空の「もっと悪い事態」を想像しうるかぎり、どんな事態でも正当化できるではないか。そして架空のものである以上、「もっと悪い事態」はいくらでも想像しうる。
 ところが2012年に第二次安倍政権が発足して以来、同政権を擁護したがる人々は、この論法をしばしば活用してきた。政権の失点となりそうな出来事が起きるたびに、いわゆる保守層の間では、次のような主張が見られたのである。

 1) 今回の出来事は、たしかに悪いものである。
 2)ただし安倍政権でなければ、もっと悪い結果になっていただろう。
 3)ゆえに今回の出来事も、実は良いものか、少なくともそれほど悪くないものであり、安倍政権の失点だという批判は当たらない。

 架空の政権による架空の大失態を想像し、安倍政権による現実の失態と比較するふりをしてみせることで、正当化を図る次第なのだ。前者の失態は架空のものなので、実際には比較など成立しないのだが、そこはそれ、適当に言いくるめればよい。ゴマカシが通用しそうにない場合は、「じゃあ、安倍総理以外に誰がいるんだ!」と激高する手もあることを付記しておこう。
今村復興相辞任について記者の質問に答える安倍首相=2017年4月26日、首相官邸
今村復興相辞任について記者の質問に答える安倍首相=2017年4月26日
 むろん、これは詭弁(きべん)、ないし居直り以外の何物でもない。こんな論法を持ち出さねばならないこと自体、政権が十分な成果を挙げていないことを認めたに等しいのだ。しかるに2012年以来、安倍政権は選挙に勝ち続けており、今も高い支持率を誇っている。
 第二次安倍政権が、2009年から3年余り続いた民主党政権の崩壊を受けて成立したことを想起すれば、その理由は明らかだろう。民主党政権に対する国民の評価は、とくに末期において極めて低かった。下野した後も民主党は勢いを取り戻すことができないままであり、それは「民進党」と改称した現在も変わらない。
 「安倍政権でなければ、もっと悪い結果になっていただろう」という主張は、民主党政権の顛末(てんまつ)を思い出すとき、一定の説得力を持ってしまうのである。けれどもこれは、要するに「下には下がある」だけのことであり、わが国が直面する内政・外交の諸問題に対し、現政権がしっかり対処していることを保証しない。近著『右の売国、左の亡国』で詳細に論じたように、わが国の保守と左翼・リベラルの違いは、しょせん「売国」と「亡国」程度のものでしかない恐れが強いのだ。

 今村氏が辞任に至った経緯は、こう考えるとき意味深長となる。すでに見た通り、大臣の言動にうかがわれる論理は「現政権擁護の定番」とも評すべきものだった。
 ただしこの定番、かつての民主党政権、ないし民進党を引き合いに出せば、話にカタがつく場合にのみ通用する代物にすぎない。安倍総理自身、国会論戦では「民主党政権当時はもっと悪かった」旨の発言をすることがあるものの、それが「返り討ち」として効果を発揮し得るのは、現実の状況が切迫していない限りにおいてなのだ。