今村氏はこの点に気づかず、東日本大震災による甚大な被害という厳しい状況に対して、「架空の大惨事に基づいた現実の大惨事の正当化」をやらかした。そのせいで、くだんの論法の詭弁(きべん)ぶりが浮き彫りになってしまったのである。大臣の講演は「荒海を航(い)く! 強いニッポンを創ろう」と題されていたものの、大波が荒れ狂っているとき、「もっとひどい嵐だってありうるんだぞ! これくらいの波で良かった!」といくら叫んでも、船が転覆や沈没を免れるわけではあるまい。
安倍晋三首相に辞表提出後、謝罪する今村雅弘前復興相=2017年4月26日、首相官邸
安倍晋三首相に辞表提出後、謝罪する今村雅弘前復興相=2017年4月26日、首相官邸
 今回の件に限らず、最近の安倍政権では閣僚の失言や不祥事が目立つ。これは普通「政権基盤が盤石であるがゆえの気の緩み」と解釈されるが、今村氏の辞任劇の構造を踏まえるならば、そうとばかりも言い切れない。われわれは「下には下がある」式の詭弁(きべん)や居直りで物事を正当化しようとする態度が、現実の状況の前に崩壊し始めるさまを目の当たりにしているのではないだろうか。

 朝鮮半島情勢の緊迫に伴い、わが国では北朝鮮の弾道ミサイルが飛来する可能性が、かなり真剣に取り沙汰されている。仮にミサイルが(たとえば)九州に着弾、多大な被害が出た後で、防衛大臣が「まだ九州で、あっちの方だったから良かった。首都圏や阪神地域だったりしたら、莫大(ばくだい)なですね、甚大な被害があったと思う」などと口走ったらどうなるか? 大臣辞任どころか、一撃で内閣が吹っ飛ぶに違いない。

 それに比べれば今村発言もマシ、と言うのではない。いやしくも閣僚が、現実の問題に対し、架空の「もっと悪い事態」を持ち出して正当化を図るようでは、国はずぶずぶ沈んでゆくばかりで、決して浮上できないと指摘しているのである。