この高田の生計費の解釈は妥当だったろうか。1910年から1930年までの20年間(いわゆる戦間期)の日本の生計費の動向の中で、私は高田の分析を検証してみたことがある。戦間期の生活水準全体は一般的に上昇したといわれている。これがまず前提だ。

 住居費に関しては、高田の見地からは所得と「正の相関」を持つことが予想される。「AとBが正の相関を持つ」という意味は、Aという現象が増加(低下)するときに、Bもまた増加(低下)している、というものである。ただしAが増えたからBが増えた、という因果関係ではないことに注意してほしい。「負の相関」は、正の相関とは違う関係を示している。こちらは、Aが増えるときに(減るときに)Bは減っている(増えている)というものだ。

 日本の戦間期では、住居費に関しては、統計的に意味のある負の相関であった。この結果は高田の主張とは整合的ではない。つまり所得が向上しているときに、住居費の割合が低下しているのである。また生活水準が上昇していたとはいえ、この時代では家計の支出の約7割が食料支出であった。私の推計では所得が増加(減少)しても直接には食料支出に関係しなかった。つまりエンゲルの法則はこの時代には成立していなかったのである。

 なぜエンゲルの法則に関する高田保馬の解釈をここでまず紹介したかというと、当時の日本の戦間期は今日と同じように長期のデフレ不況だったからだ。つまり最近までの日本の長期デフレ不況と類似しているからである。

 ところで、最近のエンゲルの法則を適用した議論はどうだろうか。本当に所得が低下したから食費の割合が上昇したのだろうか。例えば、アベノミクスで私たちはより貧しくなったのだろうか。
 答えはノーである。例えば、日本人一人当たりの生活水準はどうなっているだろうか。2012年の一人当たり実質国内総生産(GDP)は390万円だったが、16年にはこれが410万円超にまで拡大している。さらに今年は国際機関の推計では420万円を超えそうである。

 一人当たりの所得水準が上昇しているのに、なぜ食費の割合が高くなっているのか。つまりエンゲル係数の上昇がみられるのだろうか。本当は、一人当たりの所得水準の伸び以上に私たちの生活は苦しくなっているのではないか、とアベノミクスの成果を否定したい人たちにこの意見が多い。