かつて吉田松陰先生は名もなき下級武士や庶民の子供に、「自分が日本を率いるつもりで勉強しろ」と弟子たちに説いた。あげくは牢屋の中で死刑囚にも勉強しろと説いた。
 なぜ?
 松陰先生曰く、「知って死ぬのと知らずに死ぬのは意味が違う」と。
 読者諸氏には、「憲法をどうするのか」、すなわち「日本をどうするのか」を考えながら読んでほしい。

 「タマに撃つ タマが無いのが タマに傷」
 何十年も自衛隊で自虐的に歌われ続けた狂歌だ。まるで冗談になっていない。
戦車兵や砲兵はまだ良い。彼ら射撃訓練をするために予算を削られている他の陸上自衛官は、平均して年間200発も射撃訓練をしていないと聞く。これはアメリカ軍楽隊以下の水準だ。

 海と空に至っては、さらに悲惨だ。2~3年に1回しか射撃訓練をしていないとのことだ。
 では、海上自衛隊や航空自衛隊の基地をテロリストが襲撃してきたら、誰が守るのか。最低限は海上自衛官や航空自衛官が自力で守ってもらわねばならないが、そんな訓練など存在しないに等しい。では、陸上自衛隊が守るのかと問われれば、「聞いていない」と答えるだろう。
陸上自衛隊与那国駐屯地で開かれた創設1年の記念式典2017年4月
陸上自衛隊与那国駐屯地で開かれた創設1年の記念式典2017年4月
 吉田茂内閣の時に、自衛隊の前身である警察予備隊が発足し、「軽武装」が主張されて今に至っている。では「軽武装」とは何人か。32万人である。
 この数字の根拠は、首相官邸周辺・自衛隊基地・主要港湾・主要幹線を最低限度の日数は防衛できるだけの数である。ここに原発は入っていない。原発の電線が切られれば日本人がパニックになるのは、東日本大震災の教訓だ。それよりなにより、自衛隊は発足以来、25万人の定足数が足りたことはない。

 こういう話をすると、返ってくる決まり文句がある。「9条を変えなければ何もできない」と。
 本当か。
 では、全国の自衛隊駐屯地でトイレットペーパーは2ロール目から自腹である。予算が無いからだ。これも憲法9条を変えないと改善できないのか。
 予算を付ければ良いだけの話である。

 それとも自衛隊にトイレットペーパーが常備されれば、軍国主義が復活するとでも言うのか。護憲派左翼とて、そこまで恥ずかしいことは言えまい。もし本気で「自衛隊にトイレットペーパーが常備されれば軍国主義が復活し、戦争になる」などと言いだすなら、全メディアを通じて大々的に宣伝させればいい。日本国民は「そこまで自衛隊の状態は悲惨なのか」と同情してくれるだろう。護憲派左翼こそ笑い者になるのは必定だ。

 訓練費も定足数も、同じ話である。憲法どころか、法律の改正すらいらない。
 必要なものを必要と主張すればよい。堂々と財務省主計局に予算請求すればよいのだ。ところが、防衛省自衛隊関係者の前では、予算の話はタブーである。どこの省庁も、もはや錦の御旗と化している「財政健全化」を持ち出されたら、予算支出の増額を言いにくくなるが、官界では最弱小官庁の防衛省自衛隊は主計局の前では蛇に睨まれた蛙である。