行間を読む民族


 そして、そのズレを覆い隠せない時代がきている。日本は冷戦構造の中、アメリカの軍事力の下で高度成長を遂げてきた。これは極めて特殊なもので、冷戦崩壊とともに終焉を迎えた。しかし戦後70年が過ぎた今も、安倍首相はトランプ大統領のところに出向き、日米同盟が非常に大事だと説く。既に失われた冷戦構造という“空気”に日本人は未だとらわれている。

 もう一つ、現在自衛隊を認める人は約9割。ところが憲法第9条の改正を求めるのは6割程度と不思議な状況となっている。これについても山本七平の思考に当てはめてみよう。一神教では神と人間の契約である「法」が最も重要となる。そこでは「はじめに言葉ありき」というように言葉の重みが大きい。

 これに対し日本人は言外、行間を読むことを良しとする。真意は言葉の外にあることも多い。日本人にとっては、「法」も重要だが、「法の外」にあるものも重要な場合があるのだ。まさに自衛隊は法の外にある。

 冷戦時はそれでも十分に通用した。しかし現在の世界情勢では、法の外のままではいられなくなってきているのはご承知の通りだ。

諸刃の剣


 山本七平を改めて読むと、今のいわゆる保守派の日本文化論の幅が狭くなってきていることに気付く。一般的に山本は保守派として知られているが、現在の保守派の中には全く受け付けない人間も出てくるだろう。本質を突く山本の言葉は、諸刃の剣となるが、それこそが思想家としての面白さなのだ。

 今なら天皇の譲位問題のことも、山本に聞いてみたい。きっと皇室典範の改正を主張するのではないかな。特措法は「法の外」であるからだ。しかし改正となると「天皇とは何か?」という根本から議論しなければならない。山本の視点であれば、そうなるはずだ。

 山本七平は一種の預言者であると考えている。未来を予測する予言ではなく、神の言葉を預かる者。大いなる何かから言葉を預かり、それを語る。その預言は、やはり日本人への預言であったのではないかと感じる。彼が遺した多種多様な著作は、現在だからこそそこに通底する深い意味が見えてくるのではないだろうか。

【PROFILE】富岡幸一郎●1957年東京生まれ。中央大学文学部フランス文学科卒業。在学中に執筆した「意識の暗室―埴谷雄高と三島由紀夫」で、「群像」新人賞評論優秀作を受賞、文芸評論活動に入る。関東学院大学文学部比較文化学科教授、鎌倉文学館館長。

◆取材・構成/大木信景、浅井秀彦、原田美紗(以上、HEW)、清水典之

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