江戸時代が「パクス・トクガワーナ」と世界から称賛される理由

『大石学』

読了まで5分

大石学(東京学芸大学教授)

 来年2018年は「明治維新150年」にあたり、さまざまなイベントが企画されている。政府による「明治の日」制定も議論になっている。「維新元勲」西郷隆盛を主役とするNHK大河ドラマ「西郷(せご)どん」も発表された。

 私も、原作・脚本の時代考証にかかわっている。この機会に、あらためて「明治維新」の今日的意義を考えてみたい。

 近年、「江戸イメージ」が変わりつつある。かつて江戸時代は、近代化・民主化を阻む「悪しき封建制」の時代として、抑圧・搾取・差別など負の側面が強調されてきた。しかし、昨今は、100年間の「戦国時代」を克服し、250年以上に及ぶ世界史でもまれな「平和=徳川の平和(パクス・トクガワーナ)」の時代として、あるいは現代日本につらなる国家・社会のさまざまな制度やシステムが形成・発展した「文明化」「初期近代(アーリーモダン)」の時代として語られている。
画像はイメージです

 江戸時代の武士イメージも、戦国時代までの主体性・自立性の強い戦闘者から、勝手な武力行使を禁じられたサラリーマン武士=「官僚」へと変わり、庶民イメージもお上(かみ)頼みの悲惨(ミゼラブル)な被治者から、地域や集団の自治的運営の担い手へと変化しつつある。この結果、「時代劇」もまた、ヒーローや英雄が主役の「勧善懲悪」主義のチャンバラから、善悪・正否の判断や生き方に悩む一般の武士や庶民の生活・感情を、史実、史料、時代考証をもとに、リアルに描く新たな時代劇へとシフトしたのである。

 これら「江戸イメージ」の変化は、「平和」「文明化」のもとでの国民的読み書き能力(リテラシー)の向上や、地域・身分を越えた生活・文化の共通化・普及が基礎にあることが指摘されている。これは、同時に今日和風、和式、日本型などとよばれる日本的な文化や習慣が国民規模で成立・浸透する過程でもあった。江戸社会は、明治の「文明開化」以前の、近現代とは大きく異なる、私たちが理解不可能な「前近代」社会から、近現代と連続・地続きの、私たちが理解可能な「初期近代」へと、その枠組みを変えたのである。

 この変化は、そのまま「明治維新」評価の転換につながる。それは、従来の薩摩・長州など倒幕派による「江戸の否定(リストラ)」=「維新(これあらたなり、すべて新しくすること)史観」とは異なる、「江戸の達成」という新たな評価である。すなわち、明治維新は、幕府や藩の中下級官僚が政治の主導権を握り、国内の地域や身分など幕藩体制の「壁」を低くし、列島社会の均質化・同質化を進める一方、「開国」により鎖国体制の「壁」を取り払うという国家改造事業と位置づけられるのである。


 列島社会の均質化・同質化に基礎づけられる「江戸の達成」は、明治初年の戊辰戦争(ぼしんせんそう)を、従来の倒幕派=開明的=近代的軍隊と、佐幕派=保守的=封建的軍隊の戦闘ととらえる「西高東低」維新観とは異なる、近代的装備を備えた軍隊同士の戦争と見ることを要請する。戊辰戦争は、同レベルの武器を使って戦われたヨーロッパのクリミア戦争(1853~56、約90万人死傷)や、アメリカの南北戦争(1861~65、約62万人戦病死)に比して、はるかに少ない死傷者(1万3550人)で終わった。

江戸城の桜田巽櫓
 明治元年(1868)の大政奉還、同2年の版籍奉還、同4年の廃藩置県、という一連の国家制度改革も、武力抵抗なく平和裡かつ短期間に達成され、明治政府は、倒幕派・佐幕派の「壁」をこえたオールジャパンの官僚制による統治機構を構築した。これは、将軍を代表として、譜代大名や上級旗本など幕府上級官僚が主導する幕藩レジームから、朝廷官僚や藩官僚など中下級官僚を加えた「新政府官僚」主導の維新レジームへの移行が、最小のリスクと犠牲(省エネ、省ロス)のもとで実現されたことを意味する。

 さて、「江戸の達成」としての「明治維新」から150年を迎えようとする今日、世界ではイギリスのEU離脱、トランプ大統領の「アメリカ・ファースト」、各地での保護主義・排他主義の台頭が見られる。国内でも、貧困・格差・差別問題など社会の分断が深刻化し、新たな「壁」が作られつつある。しかし、グローバリズムの影響のもと、地球の一地域から起こる戦争、疫病、環境破壊、経済混乱、サイバー攻撃などは、ただちに全世界へと拡大する。一国のみの「壁」に守られた安全・安定・繁栄は、すでに不可能になっているのである。

 250年の「徳川の平和」の達成として、「幕藩体制」「鎖国体制」という内外の「壁」を、省エネ・低リスク・短期間のもとで取り払い、近代世界の一員となった体験をもつ日本の国家と社会は、今日、さまざまな「壁」を取り払う意義と役割を自覚し、その重要性を世界に発信する必要がある。「明治維新」の今日的意義は、ここにあるといえるのである。

この記事の関連テーマ

タグ

江戸時代はなぜ260年も続いたのか

このテーマを見る