しかし、看護学校からLGBTという理由で入学を断られてしまう。10年以上前は、まだLGBTという言葉もよく知られていない時代だった。絶望のなかで彼女は介護の門をたたく。「どういうセクシュアリティーであれ関係ない」

 介護の専門学校で言われたその言葉が、彼女に勇気を与えた。貯めたお金で、介護の勉強をし、残ったお金でデイサービスを開設した。現在では、デイサービスを2つ、訪問介護と居宅介護支援事業所も経営している。

 奈々さんを精神的に支えたのは、母親の存在が大きかったと思う。彼女が看護師を目指したのも、母親が看護師だったからだ。

 高校中退後、奈々さんがアルバイトをしていた店に、母親が飲みに来た。いい機会だと思い、LGBTであることをカミングアウトしたという。こうやって自分で壁を突破していくところがすごい。それでも、母親は「いまは病気みたいなもの。いずれ治るだろう」と思っていたらしい。

2016年5月、LGBTへの理解を広げようと、
NPO法人「東京レインボープライド」が主催して
行われたパレード=東京都渋谷区(伴龍二撮影)
 親子でよくケンカをした。20歳を過ぎたころから、「あなたの人生だから」と言ってくれるようになった。それでも酔っぱらうと「いつ嫁をもらうの」と泣きつかれる。母親も揺れているのだ。

 奈々さんは、介護サービスの事業所を開設するとき、LGBTの職員を集めようと思ったが、色眼鏡で見られたくないと思い、ふつうの求人をした。

 5年ほどして経営が軌道に乗り、ようやく公然とLGBTの人を受け入れられるようになった。それが原因で辞めていく職員もいたが、残ってくれる職員もいて、理解し合うことができた。

 事業所では、少しでも働きやすいように、性転換手術のための休暇も認めている。そんな求人を見て、わざわざ引っ越してまで働きに来てくれる人もいた。いまは全体の4分の1がLGBT。人手不足が深刻な介護業界で、そこそこ人材を確保できているという。

 堂々と「自分らしさ」を表現できない人たちはけっこう多い。性的少数者だけではない。人種や宗教、性別、年齢、出身地などによって、自分らしく生きることを制限されてしまう現実は、今も相変わらずある。

 介護を受けている高齢者も、「年だから仕方ない」と、言いたいことをのみ込み、やりたいことを我慢してしまうことはないだろうか。年齢で人を差別するエイジズムは、自分の首を絞めることである。

 以前、奈々さんの経営するデイサービスを訪ねたことがある。明るく、全体的にやさしい空気が流れているような気がした。

「自分らしく」あることの難しさと大切さを知っている奈々さんだからこそ、高齢者が「自分らしく」いられるように、気を配っているように感じられた。

「オレはオレだ」

『ムーンライト』の主人公シャロンのように、だれもが堂々と言い切ることができ、お互いの違いを尊重し合えるような社会をどうやって築いていくか。とても大切なことだと思った。

●かまた・みのる/1948年生まれ。東京医科歯科大学医学部卒業後、長野県の諏訪中央病院に赴任。現在同名誉院長。チェルノブイリの子供たちや福島原発事故被災者たちへの医療支援などにも取り組んでいる。近著に、『遊行を生きる』『検査なんか嫌いだ』。

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