また、この「弱者や被害者は強者や加害者に対して何をしても良い」という考え方を突き詰めていけば「権力者が国民に対して危害を加える事はけしからんが、国民が正義のために権力者を殺すのは正しい」というテロ行為容認の極論に行き着きます。

 彼らの恐ろしいところは自分たちが絶対的な正義であると思い込み、「それに反する人間の行為を正すことが自分の使命だ」「そのためには何をやっても許される」と思い込んでいるところです。これは地下鉄サリン事件などの凶悪犯罪を引き起こした宗教団体の当時の考え方と同じです。

 話を百田氏の講演会に戻すと、彼らは「ヘイトスピーチ」なるものを理由として講演会の中止を求めたそうですが、まったく意味が分かりません。今回の講演のタイトルは「現代社会におけるマスコミのありかた」というもので、大人気テレビ番組の放送作家を四半世紀以上務めた百田氏にピッタリのタイトルです。一体このタイトルから、どうやって差別を連想できるのか理解できません。そもそも、彼らに百田氏の発言の善悪を判断できる能力と権利があるのでしょうか。

 20年前、ジャーナリストの櫻井よしこ氏が「いわゆる従軍慰安婦問題に強制連行はない」と発言したことに対して人権を標榜(ひょうぼう)する団体が「差別だ」と圧力をかけて彼女の講演会を中止させたことがありました。当時、彼らが錦の御旗として振りかざした「差別だ」という主張が正しかったのかどうかということは、吉田清治の嘘を朝日新聞が認めた今は言うまでもないことですが、当時はその嘘を信じる人が多かったので圧力が通用し、「嘘が正しい言論を封じる」という結果になったのです。
2014年8月15日、自民党議連「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」で、朝日新聞の慰安婦報道について話すジャーナリスト・櫻井よしこさん(左から2人目)。その右は古屋圭司会長=東京・永田町の自民党本部(早坂洋祐撮影)
2014年8月15日、自民党議連「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」で、朝日新聞の慰安婦報道について話すジャーナリスト・櫻井よしこさん(左から2人目)。その右は古屋圭司会長=東京・永田町の自民党本部(早坂洋祐撮影)
 この教訓から学ぶべきことは、事実が確定していないことに対して安易に「差別」というレッテルを貼り、言論を封殺することは危険だということです。そのような能力や権利は誰も持たないし、持とうとしてはいけないのです。むしろ異なる意見を戦わせることによって真実が明らかになるのが理想ですから、明白な事実誤認でない限り、異論を排除すべきではないのです。