反対派の活動ですが、社民系の活動家がどんどん本土から流入していく中で、「山城博治」というリーダー(現在は複数の暴力事件で保釈中の被告)の下、過激さが日ごとに増し、昨年夏の東村高江地区でのヘリパッド建設(着工は約10年前)の集中工事に伴って、現地を完全に無法地帯と変えてしまいました。

 その抗議団体の構成もさまざまで、労働組合を始め、宗教団体、同和系反差別団体、在日朝鮮系、韓国系団体、反原発系など大小100以上の団体が名を連ねています。特に際立って暴れたのがいわゆる「しばき隊(レイシストしばき隊)」と言われる暴力組織です。本土においても「十三ベース事件」など身内同士の暴力事件を数々起こしている団体であり、在日朝鮮、韓国系の構成員を多く含み、辛淑玉(シンスゴ)氏を頂点とする「のりこえねっと」などの協力で、沖縄県に闘争という目的を持って沖縄に上陸してきました。

 当然、先述の「穏健非暴力派」からは活動参入後、非常に大きな抵抗にあい、「日本人でもないのにここで何をしているんだ」という声を浴びせられたと辛淑玉氏本人が証言しています。そういうこともあり、その過激運動は山城被告周辺で行われるようになり、カンパ資金を集めるために、機動隊員にケンカを仕掛けたり、検問している様子をネット配信するなど組織的な活動を開始しました。この抗議行動は全国に知られるようになりましたが、同時に彼らの蛮行が配信されるようになりました。「平和運動」そのものにも疑問符が付くようになり、元山口組組員を自称する、しばき隊の「男組」組長、添田充啓被告の逮捕と同時に、現場での彼らの影は急激に薄れ始めました。

 ただし、どういう理由からなのか、地元新聞の琉球新報と沖縄タイムスにいたっては、辛淑玉氏や添田被告、そして山城被告を英雄視し、逮捕された後も「容疑者」起訴後の「被告」を付けずに報道して全面的にバックアップしています。

 もうすでにネットなどでご覧の方に説明は不要ですが、車が違法に公道上でバリケードにされ、地元住民が全く往来できない時期が長期間発生し、過激派による違法な検問が行われ、住民がいちいち身分証明を見せないと通してもらえないほど現状が悪化していたにもかかわらず、それらの報道は皆無でした。「警察を呼べばいい」といった声を多く頂きましたが、沖縄県の現状は非常に複雑で、当初は政府の過激派に対する遠慮もあり、山城被告の独壇場でした。
 そもそも地元の人間による反対運動というのは「高江住民の会」として存在していましたが、共産党主体で非常に穏健的だったものが、辺野古の過激グループが運動を乗っ取ったというのが僕の見立てです。その証拠に、住民の会のメンバーは、山城被告と行動を共にしていないし、一緒に逮捕されたメンバーもいません。僕も個人的に親しい共産党の村議がいますが、彼の口癖は「地元民から抗議を受けるような反対活動は絶対に支持されない」というもので、僕もそれに賛同していました。