これまで、どの政党も口をそろえて「議員数削減」を叫んできた。たとえば、民主党は、2009年のマニフェストに議員定数を80人削減すると明記して政権を取ったにもかかわらず、たった5人しか削減(0増5減)できなかった。

 自民党も、昨年2月に安倍晋三首相が「議員定数10削減」の実施時期を、自民党案が示した「2020年以降」から前倒しすると明言したら、反対が続出する結果を招いた。かつて、2012年に衛藤征士郎衆議院議員が会長を務める超党派議連が、「衆参対等統合一院制国会創設案」を提出したことがある。その案によると、衆議院と参議院を統合して一院としたたうえで、「国会議員の定数は、現行722人を3割(222人)削減し、500人以内として別に法律で定める」(編集部注:2012年当時の定数)と明記されている。この議連の顧問には安倍首相も名を連ねていた。国会議員数を500人まで削減すれば、計算上、年間約230億円もの税金が浮くことになる。

 最後に、小選挙区制によって、選挙が「風向き」に左右され新人が大量に当選するので、これを廃止すべきだという意見に反論しておきたい。

 この意見は、新人が未熟である、議員としての質が低い、つまり「チルドレン」ということからきているので、本来の改善策は質を向上させることで、システムの変更ではない。つまり、そのためにはどうすべきかを議論すべきだ。

 実は、新人大量当選にも意義がある。それは、当選の反動で、たとえば「老害議員」が落選することが多くなったことだ。国会を昼寝の場とするような高齢議員がいつまでも実権を握り、当選回数によって大臣になるというような年功序列システムが残っているようでは、この国の未来は暗い。

 もともと、「衆議院議員で5回以上、参議院議員で3回以上」が大臣の条件というのは、田中角栄内閣以降に確立されたものだ。それが、小選挙区制になり、小泉、安倍内閣などにより、現在はある程度崩壊してきている。もともと政党は、当選回数よりも見識、実力、知恵を重視する「メリットクラシー」(能力本位)でなければならない。そうでなければ選挙をやる意味がない。
参院法務委で、「テロ等準備罪」を新設する組織犯罪処罰法改正案について、民進党議員の質問に対応する金田勝年法相(中央)=6月13日(斎藤良雄撮影)
参院法務委で、「テロ等準備罪」を新設する組織犯罪処罰法改正案について、民進党議員の質問に対応する金田勝年法相(中央)=6月13日(斎藤良雄撮影)
 本来、議員にもっとも求められるのは、国民の側に立った政策立案能力だ。だから、英語では議員は「ローメーカー」(立法者)と呼ばれるように、多くの法律が議員立法でできている。じつは戦後の日本も、人身保護法、優生保護法(現在は母体保護法)などの重要法案は議員立法で制定されている。しかし、保守合同と社会党の統一によって、与野党の勢力が固定したいわゆる「55年体制」が実現すると、議員立法は減少してしまった。

 こうして、日本の国会議員の多くはローメーカーではなく「トラブルメーカー」になってしまった。それなら、議員数を思い切って削減したほうが、どれほど国民のためになるか、真剣に議論すべきときだ。