最初に乳がんと診断された日から数えて約1年8カ月がたった16年6月9日に、海老蔵さんの記者会見によって、麻央さんの病気が公のものとなりました。その時にはすでに病気は進行し、かなり深刻な状況であった様子が伺えました。
 
 「あのとき、もうひとつ病院に行けばよかった」「あのとき、信じなければよかった」。そのように麻央さんの口から漏れ出てしまう自責の念、後悔の念には今でも心が痛くなります。

 がんという病気は不確かなことが多く、いくら最善が尽くされたとしても、必ずしも期待通りの結果が得られるわけではありません。絶対確実な治療やゼロリスクなどもありません。

 そうだとしても、利益と不利益を勘案しながら、治ることを目標(ゴール)としてベストを尽くす方向に、なぜ麻央さんを導いてあげることができなかったのでしょうか。もし当時、出会った医師との間に信頼関係が築けなかったとしても、セカンドオピニオンなどでいくらでも方向修正が可能であったはずです。

  「この子たちのママは私ひとりなんだ、という喜びと怖さに、心がふるえた。絶対治す!と誓った」。本当は治せたかもしれない麻央さんの乳がん。それを後戻りのきかない状況にしてしまった関係者。そのような状況になるまで見過ごしてしまった関係者。それらには強い憤りを感じざるをえません。

 先日、インターネット上に横行する虚偽・誇大広告を禁ずる改正医療法が成立しました。しかし、そのような対処はあくまでも広告のあり方に対するものです。現状、日本では、倫理やモラルの観点から「エセ医学」そのものを裁くような法的規制はありません。
 したがって、科学的根拠の乏しいモノを「医療」と称して商売をしている関係者は、欧米のように法のもとで裁かれたり、資格免許が剝奪されるようなことはほとんどありません。翻ると、わが国は先進諸国の中でも世界一「エセ医学」に寛容だということです。麻央さんのエピソードを決して無駄にしないよう、一人ひとりが自身の死生観を顧みながら、賢いがんリテラシーを身につけて欲しいと願います。