彼女ががんと告知された後の言葉で理想の母親像とのギャップについて話している部分があります。 

全てやるのが母親だと強くこだわっていました。それが私の理想の母親像でした。

 これは昔の日本の姿かもしれません。そういう思いがありながら病のために自分の体が動かない状況に麻央さんは最初隠れることを選びました。行動できない自分に対する負い目として。 

緩和ケアの先生の言葉が、私の心を変えてくれました。「がんの陰に隠れないで!」。私は気がつきました。元の自分に戻りたいと思っていながら、私は、陰の方に陰の方に、望んでいる自分とはかけ離れた自分になってしまっていたことに。何かの罰で病気になったわけでもないのに、私は自分自身を責め、それまでと同じように生活できないことに、「失格」の烙印(らくいん)を押し、苦しみの陰に隠れ続けていたのです。

 この時の悩む様は巷(ちまた)にあふれているがん闘病患者の共感を得ました。そう、麻央さんと同じように悩んでいる患者さんが多いということもありますが、がん患者だけでなくいろいろなことに悩みを抱えて誰にも話すこともできず一人で生きてきた普通の少し弱っている人間も共感したのです。

 そしてがんという死の淵にある彼女がここまで笑顔でがんばっていることを応援するとともに、こうした境遇の人を応援することで自分もがんばろうという気持ち、人間としての共感が湧いてきたことが予想されます。

 以下は海老蔵さんの言葉です。 

「(ブログで)同じ病の人や苦しんでいる人たちと喜びや悲しみを分かち合っている妻の姿は、私からすると人でないというか、なんというか……すごい人だなと」

 「総合的に教わったこと、そして今後も教わり続けることは『愛』なんだと思います」

 そう、今の日本における、足りない他者に対する「愛」を麻央さんのブログに感じたのです。この現象はおそらく「純粋」な彼女でなければ得られなかったでしょう。自分がどんなに辛くても他人を思いやる行動を見せようとする彼女。ブログに出てくる写真は笑顔がほとんどでした。その笑顔の奥に読者たちは無償の「愛」を感じることができたのです。
妻の小林麻央さんの死去について会見で話す市川海老蔵さん=2017年6月、東京都渋谷区(撮影・早坂洋祐)
妻の小林麻央さんの死去について会見で話す市川海老蔵さん=2017年6月、東京都渋谷区(撮影・早坂洋祐)
 そして麻央さんのテレビでの言葉です。 

「もし私がこの病気を乗り越えて、いま私なりにある試練っていうものを乗り越えられたときに、病気をする前よりも、ちょっといいパートナーになれるんじゃないかな、っていう。なので、すごく思うのは、役者・市川海老蔵をパートナーとして支えられるチャンスを神様ください、っていつも思うんですね」

 こんな少し弱音が混じりながらも他人のために生きたいという前に向かっている彼女の言葉は、今苦しんでいるさまざまな人たちを助け、そしてその人たちから贈られる感謝の言葉が彼女を励ましました。そう素晴らしい連動でした。

 そして再びブログから。

私が怖れていた世界は、優しさと愛に溢れていました。

なりたい自分になる。人生をより色どり豊かなものにするために。だって、人生は一度きりだから。

 この前向きな言葉が共感を呼び、多くの人を巻き込んでいったのです。芸能人の方のブログ、みなさんへの影響力はとても強いものです。そう、一緒にがんばろうという気持ちを読むものに奮い立たせてくれます。そして今回読み手だけではなく書き手にも良い効果が出たことは間違いありません。

 そして麻央さんのブログの特徴は、厳しい戦いであることをみんながわかっていたのに、それでも笑顔を絶やさず、そしてたまに弱音を見せてくれる人間としてのありのままの純粋さを見せてくれたことです。こんな純粋な人、今時そうはいないでしょう。だからこそ250万人の読者を得たのだと思います。

 ただ、医療者として分析すると、今回の麻央さんのような最期を迎えることができるかといえば、厳しいでしょう。