現実のものとなってしまったヒアリのリスクを前に、われわれにはどのような対策が可能だろうか。まずは、これ以上の分布拡大を阻止しなくてはならない。現時点での情報から判断すれば、日本へのヒアリの侵入は港湾部や事業所の倉庫内などに留まっており、他の場所で刺された被害も報告されていないことから、国内での世代交代はまだ生じていない段階であると思われる。近隣諸国への侵入以来警戒されていたことが功を奏して、定着後の発見とならなかったことは不幸中の幸いである。

 発見された場所では、殺蟻剤による迅速かつ念入りな処置が必要である。港湾部などの人工的な環境では、在来生物の多様性は比較的低いとは思われるが、在来アリとの餌や住み場所をめぐる競合や天敵によってヒアリの分布拡大を抑制できることも可能性としては考えられることから、発見場所周辺の生物相や殺蟻剤の影響には継続的なモニタリングが肝要であることは指摘しておきたい。根絶に成功したニュージーランドの事例は参考になるであろう。

 発見場所の近隣に住む人々にとって一番の気がかりは、健康被害の可能性であろう。ヒアリが発見された場所の周辺では、無用にアリに触らないことが望ましい。ヒアリに刺されてしまった場合に重篤なアレルギー反応を生じる可能性がある人の割合は、米国などでは1〜5%とされている。その場合、早急に適切な治療を受けることが推奨されている。

 筆者の個人的見解であるが、マムシやスズメバチとは異なり、ヒアリに遭遇する可能性が高いのは都市部であるため、刺された場合でも最寄りに医療機関がある場合がほとんであろうから、治療が遅れたために命を落とすということは起こりにくいのではないだろうか。医療機関にヒアリに刺された場合の症状についての知見があれば、迅速な対応が可能になるのみならず、ヒアリの分布拡大を察知することにもつながるだろう。

 日本という新しい環境に侵入したヒアリが、実際にどのような被害を引き起こすかを事前に予測することは難しい。ただ、死亡者数などのセンセーショナルな情報が先行して、地域ごとに異なる生態的・社会的背景を無視した議論が起こることは望ましくない。基礎研究に携わる者として強調しておきたいことが一つある。

 ヒアリはゲノム情報の解読をはじめ、アリの中では基礎研究・応用研究ともに研究が最も進んでいるものの一つである。公的機関・研究機関から出されている情報は、最新の研究成果を反映しており、典拠を明示してあるものも多い。何がわかっており何がわかっていないのか明確にし、わかっていないことに関しては先行事例を参考にしながら他のリスクと比較衡量しつつ行動する。リスクを「正しく怖がる」という態度が、結果的に被害を軽減し、ヒアリ根絶にもつながる早道であろう。