実際にあの当時の保守業界では「塚本幼稚園の愛国教育」が「流行(はや)って」いた。当時のあの界隈(かいわい)の人士が幼児教育を語る際のトレンドは、「愛国教育に邁進(まいしん)する塚本幼稚園を称揚する」ことだった。現に、青山繁晴は当時ネットメディアに出演した際、「塚本幼稚園の籠池園長は立派。塚本幼稚園がんばれ!」と宣伝までしていたではないか。

 こうした背景を踏まえれば、籠池氏が安倍晋三夫婦と接近し得たことは、極めて自然だったことが理解できるだろう。「施政方針演説の直後の辞任」という前代未聞の醜態をさらして総理の座をほうり投げた安倍晋三を、保守業界は支え続けた。保守論壇誌には安倍再起論が盛んに掲載され、各地の保守団体のイベントでは安倍晋三をゲストとして招聘(しょうへい)する動きが続いた。

 そんな流れの中で籠池氏の周りでも「愛国教育で名高い塚本幼稚園で、安倍晋三講演会が開催できないか」との企画が立ち上がる。籠池氏が安倍サイドと初めてコンタクトをとったのは平成23年暮れのこと。人を介して電話で昭恵氏と会話したのが最初だという。昭恵氏と会話を重ねるなかで講演会の計画は具体化していき、平成24年10月に実現の運びとなったが、突如、安倍は総裁選への出馬を表明。講演会は直前にキャンセルとなり、籠池氏の手元には安倍事務所からの丁寧な謝罪の手紙が届いた。

 その後も籠池氏と昭恵氏の交流は続き、「安倍晋三記念小学校」という名称の応諾も、平成26年3月に東京のホテルオークラで行われた籠池夫妻と昭恵氏の会食も、「極めて自然な会話の中で」(籠池氏談)次々と決まっていった。籠池氏によれば、昭恵氏からは「普段から、主人は塚本幼稚園の教育内容に感心しており、いまも総裁選出馬で講演会が取りやめになったことを残念に思っており、いつかはお邪魔してお話したいと言っている」との話を何度も聞かされたのだという。

大阪地検に入る籠池泰典氏と妻の諄子氏
=7月27日、大阪市福島区(安元雄太撮影)
大阪地検に入る籠池泰典氏と妻の諄子氏 =7月27日、大阪市福島区(安元雄太撮影)
 確かに安倍首相は今年2月「籠池理事長は大変熱心な教育者だと妻から聞いている」と国会で答弁してはいる。この籠池氏の証言はある程度は信憑(しんぴょう)性を認めてもよいだろう。その後の籠池氏と昭恵氏の交流が、どのような経緯をたどり、あの小学校の土地取引にどのような影響を与えたかに関する籠池氏の証言は、国会の証人喚問や各種の報道でご承知の通りだ。

 だが、この「安倍・籠池蜜月関係」も、森友事件が国会で取り沙汰されるにつけ、ヒビが入るようになる。はじめて国有地不当廉売事件が国会で質問された当初、安倍首相は塚本幼稚園の教育内容と籠池氏の教育者としての資質を称賛しさえしていた。

 しかし、不透明な土地取引の実態、幼児虐待疑惑、運動会での「安倍首相がんばれ!安倍首相がんばれ!」の選手宣誓など、新事実が明るみに出る中で安倍首相は答弁の方向を変更し、ついにはあの「私や私の妻や事務所が関与していたというのであれば、総理も議員もやめる!」と口走る。この不用意な一言で森友事件は一気に政局化し、そして籠池氏の運命も転落の一途をたどった。