今でも現場の若き作り手たちの中には、自分たちが本当に面白いと思えるものを制作したいという人々が数多くいる。けれど、その一歩を踏み出すことがなかなかできないでいる。また踏み出したところで、局の上層部の中には、部下をかばうことなく自らの保身に走り、うまく「逃げ切ること」に拘泥する人間が少なくない。現場の作り手はそのことに気づいてしまっているのだ。半ばあきらめにも似た空気が漂っている場合もあるという。

 ドラマでは、放送業界に大いに貢献した人がお金を出さずして「やすらぎの郷」へ入居、生活できるという設定だ。かつて放送界で栄華を極めた元トップスターたちも暮らしている。数多くの名作を世に出した脚本家菊村栄(石坂浩二)もそのひとり。だが彼の日々はやすらぎとは縁遠く、さまざまな出来事が周りに起こる。それらは切なく、悲しいこともあるが、時にほほ笑ましく、実に面白い。ドラマを見ながら声に出して笑うことさえある。けれど大笑いしたあと、またしんみりとさせられるのだ。

 「こんな施設が現実にあれば、ぜひ将来入りたい」、そう思いながら毎日見ているが、残念ながら私には入居資格がない。「元テレビ局の社員たちは入居資格なし」とドラマが始まって間もなく、倉本さんはセリフにした。なんと強烈なメッセージだろう。いいものを作ることを忘れ、金もうけや出世に走り「小金」を得た揚げ句、テレビをダメにした年寄りたちを倉本さんはもっとも忌み嫌っているのだと思う。「元テレビ局員」のひとりとしてそんな人間ばかりではないと信じたいところだが。

 「現場の若き才能あふれる作り手のみなさん、そんな年寄りにだけはなるなよ。君たちが生きやすいように、仕事しやすくなるようにこれからのテレビのために道を少しだけつくっておいてやるよ」

 そんな思いが『やすらぎの郷』には込められていると私は確信している。倉本さんの熱きメッセージを一過性のものにしてはなるまい。渡してもらったバトンをこれからの作り手たちがしっかり受け止め、心から面白いと思える番組を視聴者に1本でも多く提供し続けることが、未来のテレビにとって何より大切なことではないか。倉本さんにドラマを通して言わせるだけではテレビは変わらない。

 私自身も熱くなりすぎた。『やすらぎの郷』での私のお気に入りのシーンをひとつ。

 繰り返しドラマの中で登場する、石坂浩二さん、ミッキー・カーチスさん、山本圭さんの3人が海釣りを楽しみながら、とりとめもない会話を交わす場面がとても好きだ。

 ああ、自分もこんな風に年を重ねてゆきたい、と新人類世代の私に思わせる深みがある。
テレビ朝日ドラマ「やすらぎの郷」での一場面(テレビ朝日提供)
『やすらぎの郷』の一場面(テレビ朝日提供)
 最後に。先だってドラマの撮影はクランクアップし、倉本さんの一声で、打ち上げは都内の撮影スタジオの会議室で行われたと報じられた。

 ひとつひとつのセリフだけではない、打ち上げ会場のセレクトひとつにおいても倉本さんは、これからのテレビマンたちが大切にすべきは何かというメッセージを込めている。