西武・菊池雄星の反則投球を観客に伝え打席に戻る白井球審
=8月24日、ヤフオクドーム
西武・菊池雄星の反則投球を観客に伝え打席に戻る白井球審
=8月24日、ヤフオクドーム
 多くのファンや当事者が感じているとおり、判定基準の変更はシーズン前か開幕直後に行われるべきであって、シーズン途中でされるべきではない。この問題に関連して、指摘したいのはふたつのことだ。

 ひとつは「審判の権力と試合の崩壊」について。

 投球のストライク、ボールの判定ひとつで、勝負がどちらかに転ぶこともある。言うまでもなく、野球において審判の判定は大きな影響力を持つ。その中でも、打った、打たない、捕った、捕り損なったといった、選手のパフォーマンス以外のところで、突然、強権的な鉈(なた)を振り下ろし、強引とも見える方法で勝負に介入する方法を審判は持っている。それが例えば「ボーク」の判定である。

 セットポジションで動作を止めないなどの明らかな反則投球があった場合、たとえそのボークの判定で攻撃側のサヨナラ勝利になる場合でもそれはやむを得ない。だが、今回の菊池のように、その試合ずっと同じモーションで投げていたのに、ある場面で急に反則投球が宣告されるのは違和感をぬぐえない。

 審判はそこまで強権を振るって勝負に介入すべきではない。

 投手は繊細だ。突然バッサリ斬られるような反則投球の判定は、投手生命を奪うほどの影響力(危険)も伴う。審判はそれを十分に自覚すべきだ。

 もうひとつは、審判と監督、コーチ、選手間のコミュニケーションの「不在」だ。

 コミュニケーションの欠如ではなく、プロ野球において審判と監督、コーチ、選手はコミュニケーションを「取ってはならない」前提があり、理解を深める仕組みになっていない。「親しく交われば不正の温床になる」という、古くからの慣習と規定のせいである。だから、常に両者間には対決ムードというのか、取り締まる人と取り締まられる人のような不穏な関係がある。それは即刻改善し、コミュニケーションを図る方向に舵(かじ)を切るべきである。