例えば、吉田内閣の後を受けて組閣した鳩山一郎は1955年1月24日に衆院を解散した。1955年2月27日に投開票されたこの第27回選挙では「民主党ブーム」が起き、民主党は185議席で112議席の自由党をはるかに上回り、左派勢力は振るわなかった。このとき、鳩山首相は解散の理由を「天の声を聞いたからです」と発言し、「天の声解散」と呼ばれたが、そんな木で鼻をくくったような理由でも、公職追放になった鳩山への同情などで民主党は第一党に躍進した。

 また、1983年の衆院選で過半数を割り込み、新自由クラブとの連立で辛うじて衆議院での過半数を維持していた中曽根康弘首相もその一人だ。1986年6月2日に衆院を解散したが、中曽根首相は衆参ダブル選挙を当初から狙っており、そのための解散であることを知られないために、死んだふりをしていたとして「死んだふり解散」と言われた。
1986年7月、衆参同日選挙で自民党が圧勝、選挙ボードにバラを付ける中曽根康弘首相=東京・永田町の自民党本部
1986年7月、衆参同日選挙で自民党が圧勝、選挙ボードにバラを付ける中曽根康弘首相=東京・永田町の自民党本部
 結果、自民党は300議席の圧勝。2009年に民主党が308議席を獲得するまで、戦後の衆院選で単独政党の獲得議席としては過去最多だった。

 「天の声」「死んだふり」といった戦後を代表する政治家たちの解散理由も、選挙に勝つためがミエミエであまり褒められたものではない。では、不信任案の可決、首相のタイミングを見計らった解散以外に「大義による解散」はあったのだろうか。

 中には、政権与党と野党が政策をめぐり真っ向から対立し、国民に信を問う解散もなくはない。小泉純一郎首相は郵政民営化が持論だったが、2005年に郵政民営化法案を衆議院で通過させて参議院に送付された際、「郵政民営化法案が参議院で否決されれば、自分は衆議院を解散して国民の信を問う」と明言していた。その言葉通り、参議院で郵政民営化法案が否決されると、「この選挙を郵政民営化の是非を問う国民投票にする」と明言、8月8日に衆議院を解散し、9月11日に投開票された結果、自民党は296議席を得る圧勝となった。

 もちろん、民営化反対の候補に刺客を送り込み、メディアに巧みにニュース価値を提供する劇場型政治の狡猾(こうかつ)さはあったにせよ、ガリレオ・ガリレイまで持ち出しての「大義を掲げての解散」に、国民がこれまでにない高揚感を覚えたのは確かだ。

 翻って、今回の解散はどのタイプに属するのか。言うまでもなく、鳩山氏、中曽根氏と同じく、安倍首相が「このタイミングなら勝てる」と踏んだ憲法7条第3項による解散だ。

 「法律、特に憲法の規定に基づく解散だ、今までもそうやって解散してきているじゃないか、文句あるか!」。政権与党は当然そう言うだろう。一方の野党は、少しでも政権与党をおとしめようと必死だ。