はり治療に関わっていた者にとって、冷や水を浴びせられるような出来事は過去にもあった。苦い記憶のひとつは、巨人のエース、江川卓投手の引退コメントだ。まだ誰も引退を予想していなかった時期に早々と引退を発表したことが世間を驚かせた。

 江川が引退を決意したきっかけは、澤村と同じ右肩のコンディション不良である。江川も長年、肩痛を抱えて苦しんでいたが、ここに打ったらもう二度と投げられなくなるという「禁断のツボ」に中国ばりを打った。そのため投手生命が終わった、というエピソードを引退会見で語ったのである。これはどう考えても納得のいかない表現だった。そんなツボがあるのか、という突っ込みはずいぶん後になってから指摘されたが、あまりに突然で衝撃的な引退発表だったため、「中国ばりが江川の投手生命を奪った」ような印象が強くファンに刷り込まれた。

 もちろん、施術ミスは許されるものではない。だが今回の澤村にしても、不調の原因が本当に球団トレーナーの施術ミスだったのか、現時点で断定できる材料は見当たらない。

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 ひとつ、はり治療を近くで見ていた立場から「世間があまり認識していない現実」をつけ加える。はり治療は、ツボにはりを打って自然治癒力を高め、回復を促す効果があると一般には理解されている。しかし、スポーツ選手が受けるはり治療の大半は違う。小林尚寿が瀬古利彦に施したのは、要約すれば「痛みに直接打つはり」だと報じられた。白石宏は小林から直接指導を受け、身近にいてその技を学び、これを継承した。ふたりの存在は、はり治療を使うトレーナーたちの誕生に大きな影響を与えた。

 この治療法は、もろ刃の剣、という側面がある。おそらく、はりの学校ではこのような治療法は教えない。国家資格に基づき、経絡を教え、ツボを刺激する治療を基本としている。はりの国家資格を取った治療家やトレーナーたちは、そこから自分の試行錯誤で独自の治療法を追求する。それをしないと治らないケガに多く直面し、また他のトレーナーより抜きん出た存在となって、仕事のチャンスをつかむことができないからだ。

 そこに、真理とは違う我流がはびこり、治るときは治るが、治らないときもある、もしくはむしろ悪化する場合もある、といった現実が広がる可能性もある。

 日本のスポーツ界は、これを機に、ただ東洋医学的な治療を排除するのでなく、積極的に西洋医学の医師、現場の監督、コーチ、研究者が一体となって連動する動きを促進すべきだと強く希望する。