球際の強さにはもちろん技術の裏付けもあるが、同等かそれ以上に重要なのが「見きわめる目」であり「激しい闘志」だ。日本のサッカー選手にはそれが足りないと、代表監督に就任してすぐ感じたようだ。日本ではどうしても、目に見える技術や戦術が重視され、語られる。

《サッカーの勝負を支配するのは、そのような数字や技術ではない。戦術論は、日本のサッカー界やジャーナリストたちが思っているほど、勝負を左右する核心ではない》

 ハリルホジッチ監督は日本代表監督を引き受けて以来ずっと、ストレスに感じていたのだろう。日本では、評論家たちや戦術論が好きなサポーターたちは、チームを率いる監督でさえも、机上の空論とまでは言わないが、理論優先のおたく的思考に傾きがちだ。

 「球際の強さが重要だ」と言われて反論する人はいないだろう。だが、ハリルホジッチ監督が言いたいのは、それだけではない。《デュエル》というキーワードが意図するもっと深いサッカーの構造、勝負を支配する綾(あや)まで、ハリルホジッチ監督が展望する方向性に寄り添って、日本のサッカー関係者がビジョンをなかなか共有してくれない。

 「球際の勝負に勝てば、自(おの)ずとボール・ポゼッションも増える」と考えたら、「だからやっぱりポゼッションは大事じゃないか」となってしまう。

サッカー日本代表メンバー発表会見の冒頭で熱弁を奮うハリルホジッチ監督  =9月28日、東京都文京区(撮影・山田俊介)
サッカー日本代表メンバー発表会見の冒頭で熱弁を奮うハリルホジッチ監督=9月28日、東京都文京区(撮影・山田俊介)
 「言いたいのは、そこじゃないんだ!」

 ハリルホジッチ監督はストレスといら立ちを爆発寸前まで抱えていたのだろう。

 試合時間の大半、ずっとボールを相手に渡しても、渡していること自体を支配し、ゴールマウスに蹴り込ませないコントロールができていれば、勝負に支障がない。勝負どころの球際で相手を支配し、負けず、決定機をモノにする。それこそがサッカーの勝負を分ける核心。それはまさにハリルホジッチ監督がオーストラリア戦で代表選手とともに体現して見せた勝利の方程式だ。

 日本のメディアは、本田圭佑が落ちた、香川真司が外れた、といった話題が優先して語られる。それも関心事には違いないが、監督の立場からすれば、優先順位は高くない。勝つためにどんな試合を展望し、それができる選手たちでチームを編成する。勝つ戦術を理解し、チームで徹底し、結果を出すことが重要であって、その試合に本田がいたか、香川がいたかは重要ではない。