この事件が「テロリズム」であるのか、銃乱射による大量殺傷事件なのか、という違いは、そこに政治的目的・意図があるかないかによる。拙著『メディアとテロリズム』(新潮新書)と『テロとインテリジェンス~覇権国家アメリカのジレンマ』(慶応義塾大学出版会)でも示したように、国際的なテロリズム研究や、テロ対策の文脈において、「テロリズムとは政治的目的・意図をもって爆破や銃撃事件を起こしたり、人質事件を起こしたりすることによって、世界から注目を集め、メディア報道を通じて自分たちの政治的な主張やメッセージを世界に宣伝することで、一国の政策を変更させたり、社会に不安や混乱を発生させることを目的とした暴力行為である」と定義することができる。

 この事件が「テロリズム」とされるためには、イスラム過激派、白人至上主義、反グローバリズム、民族解放、極左ゲリラ、環境問題や動物愛護といったシングル・イシュー型など、この犯行には政治的目的・意図が必要となる。容疑者が自殺した以上、容疑者に対して直接的にその犯行の目的や意図を聴取することはできない。捜査によって容疑者の中にこうした政治的目的があることを示す証拠が出てこなければ、「テロリズム」とはみなされない。
(iStock)
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 現在の報道で明らかになっている情報には、容疑者はカジノ、ギャンブルが好きで多額の賭けを繰り返していたこと、多額の借金を抱えていたギャンブル依存症の人物であったことが挙げられる。また、ホテルの一室には23丁のライフルなどの銃器のほか、自宅にも他に19丁の銃、爆発物、大量の弾薬を所持していたことが明らかになっている。また容疑者の父親は、有名な銀行強盗事件の実行犯であり服役していたことも判明している。

 こうした情報から分析できることは、容疑者はこのような事件を起こすほどの心神喪失状態にあったか、または多額の借金の返済に困り、自暴自棄になって自殺するのに大量の人を道連れにしようとした、ということである。現在、こうした高齢者による自暴自棄犯罪や、自暴自棄型の自殺が目立つようになったが、そこにあるのは社会への恨みを晴らすために他者を巻き込む心情と自己顕示欲である。犯罪対策や危機管理のためには、今後、こうした容疑者のプロファイリングが重要となる。