そうなると8月10日に1人で離党した細野氏の行動も予定通りで、仲間をあえて残したのも民進党の代表選で前原誠司氏を代表にするための行為だったと思える。9月24日のフジテレビの番組「報道2001」内で、細野氏が「前原氏との話し合いがなされている」と不敵に笑ったことで、師弟のつながりを持つ2人がグルだと確信し、まさにその通りとなった。

 前原新執行部は山尾志桜里議員を要職に置くと発表し、すかさずスキャンダルで潰されるというのも、どこかの誰かと重なる。支持率が回復傾向にあった安倍総理が解散を決断したのもまさにそれだった。菅義偉官房長官が元首相の娘を入閣させたときの手口と酷似している。あれは潰れる前提だった。

 前原氏があえて党勢の凋落(ちょうらく)を演出した。蓮舫氏と争った前回の代表選で前原氏が公約した政権与党時の反省はこういう形だ。選挙前はなりを潜めていたリベラル勢力が与党となるや正体を現し、マニフェストを反故にした上、外国人参政権などを発議し、中国に擦り寄り、官邸主導どころか官僚に丸投げせざるを得ず、良きにつけ悪しきにつけ豪腕で民主党を引っ張った小沢一郎氏をたたき出した。

 東日本大震災では、外国人献金問題で揺れていた菅直人元総理が人気回復目的で迷走して現場の足を引っ張り、1番厄介な除染、残土、原発問題を細野氏に押しつけた。いよいよ政党支持率が危険域に達すると、旧日本新党から野田佳彦元総理を引っ張り出す。実のところ旧社会党勢力の数の論理と連合による仮面政党だった。野党転落後は誰も音頭を取れる者がいなくなり、方針が決められない野党にして「なんでも反対」の旧社会党化した。それでも左派マスコミの協力で打倒安倍政権といって悪質なイメージ戦略で「モリカケ問題」をアピールして支持率を下げた。

衆院本会議に臨む(手前から)枝野幸男官房長官、野田佳彦財務相、菅直人首相(肩書きはいずれも当時)=2011年3月31日、国会(酒巻俊介撮影)
衆院本会議に臨む(手前から)枝野幸男官房長官、野田佳彦財務相、菅直人首相(肩書きはいずれも当時)=2011年3月31日、国会(酒巻俊介撮影)
 そのように与党時代に好き勝手し民進党を迷走させた最大戦犯を大量粛清する絶好機を作ったことで結実したし、民共共闘の解消も霧散した。そうした意味では公約を実現したことになる。結局、対抗馬だった枝野幸男氏らが執行部の要職を牛耳ったが、まさに三日天下だった。

 また、細野氏の「三権の長は(希望の党)公認を辞退すべきだ」という発言は明らかに「菅直人潰し」が目的だと考えられる。野田元総理も該当はするが、実際のところ無所属で出馬しても余裕で勝てるほど地元に愛されている。無所属出馬を予定している前原氏にしても同様だ。2人とも大逆風の前回の衆院選でアッサリ当確を決めてみせた。比例名簿でゾンビ復活したのは菅直人氏だけだ。そもそも民進党の看板など選挙の邪魔なくらいではなかろうか。野田元総理があえて「(細野氏の)股(また)くぐりはしない」と発言したのも猿芝居の類いではないか。なんにせよ立場が完全に逆転した感は否めない。

 本当に追い詰められているのは枝野氏たちだろう。まさかここまで用意周到に民進党解体が準備されていたとは思わなかっただろうし、立憲民主党が自民や希望の候補者と拮抗(きっこう)できるかは微妙だ。