「手首を切って死ねば楽だろうな」


 全日空社長だった若狭得治(80)=現名誉会長=は昭和51年7月8日、東京地検に逮捕された。その若狭が今「生涯であんな悲しいことはなかった」と言う。逮捕されたこと自体ではない。広島にいた娘が出産間近だったからだ。

 「本来なら実家に帰って産むのだが、私が目の前で逮捕されてはショックで流産すると思い、『来ないよう』伝えた。ところが逮捕後、出産した娘が『孫の名前を付けて』と、弁護士を通して刑務所(東京拘置所)に伝えに来た。刑務所で孫の名前を付けるわけにはいかないと、知人に付けてもらった」

 若狭の直系の部下で専務だった沢雄次(76)=現全日空エンタプライズ会長=の娘は、沢の逮捕一カ月前に挙式した。「逮捕された後、娘の結婚式をしておいてよかったと思ったが、小管(東京拘置所)では、娘の新婚生活より会社の方が気になった」

 全日空では若狭、沢ら計6人が逮捕・起訴されたが、沢によると公判の最中でも若狭への信頼は変わらず、和気あいあいとしていたという。

 「この人にまかせておけば、会社は大丈夫だと思ったからだ。私には『ホテル部門をみんなまかす』と言ってくれるなど、裁判関係者全員をしかるべきポジションに就け救ってくれた」。事件については「外国から入った金を、日銀に届けなかったということであまり関係ない。しかし全日空の海外進出が数年遅れ迷惑をかけた」と言う。

 公判で、丸紅の政界工作の司令官とされてきた専務の伊藤宏(67)は現在、丸紅エネルギーの顧問を勤める。

 「経営トップ(になること)を考えないこともなかった。順風満帆だった人生を逆さまにした事件だったが、今はこだわってはいない。執着してみたところで、これからの生きざまは左右されないから。それより、一人息子がときたま連れて来る初孫の顔を見るのが楽しみ」

 事件についてはこう語る。「檜山(広・丸紅元社長)は『詳しい内容にはタッチするな』と下命した。丸紅は一本のレールの上で、ロッキード社から言われるままに実行した中継駅。自分たちの意思ではなかった。当時の政治資金規正法に上限がなく、外国法人からも資金を受け付けていたのだから、なぜ、堂々と銀行に振り込まなかったのか、といわれると身を切られる思いだ」。